● 鍵屋の流れとは・・・

 国に指定されている民家で、鍵屋でなく、いわゆる直屋というのは後藤家だけである。あとの3棟はいずれも鍵屋である。鍵屋というのは日本全国に多くある。だから東北の民家の影響が九州に来たのか、九州の民家の影響が黒潮の流れに沿って遠くに行ったのかはわからない。大分の場合は沖縄の方から来た文化が結構入っているからその可能性もある。神尾家は雁行型になっているが、他にはあまり見られず、神尾家の大きな特徴である。あれは増築とかでそうなったのではなく、最初からそうなっていた。馬屋が別棟にあるのではなく、馬と人間が同居していたような造りであった。普通なら別棟を作ってもいい。やはり山国で早く雪が降るし、海側のいわゆる暖地的な感じではなくて、気候的にも東北の気候と似ているところがある。だんだん海に近づくと直屋に変わっていく。鍵屋の流れというのは北から南まである。それで東北のどちらかというと岩手が多い。つまり遠野物語と国東物語との関係である。だからなぜ岩手の建築士会と姉妹建築士会を結んだかといえば、非常に共通性があるである。

 

 

※このページは 大分大学 工学部 福祉環境工学科建築コース 木質構造研究室 の製作です

※記事・写真の無断転載・使用を禁じます