この記事は’97、11月に韓国の亀尾(クミ)市の金烏工科大学で行われた韓国住居学会の大会で招待講演を行った概要です。


   講演風景1(質問に答える)                             講演風景2(公演中)
 
 

環境重視のまちづくりと住宅地

 (C) Seiji SATO
1.はじめに
 人間は環境に働きかけることによって文明を獲得した。その中で作り上げた社会の中で人間はさらに高度な文化を作り上げた。社会の入れ物としての人工環境である都市は多様な都市活動の結果として現れた。
 自然的土地利用を改変して都市的活動の入れ物として都市が作られている。都市と農村という対立概念は都市環境と自然環境という概念に置き換えられる。したがって、都市は自然環境を排することによってはじめて都市としての様相を呈するといっても過言ではなかった。そのようにして作られた都市とその住宅地は、自然と乖離し、建築は画一的で、社会環境もホモジニアスである。日本の住宅地の現在は、多様な人間の生活行動の容器としての環境を具備せず住むための機能に特化している。この住宅地は居住者になにをもたらすのであろうか。
 日本の神戸で起きた中学生による連続殺人事件は、確かに中学生個人の極めて特異な精神性によるものではあるが、この精神性を誘発させ、犯行に走らせたものは、歪に、すなわち個人的な居住機能に特化した住宅地にその原因を見出す識者もある。すなわち、個人の居住機能とは住宅そのものであり、特化した住宅地とは豊かな自然やコミュニティ、美しい町並みを欠き、住宅によって埋め尽くされた住宅地である。
 そういう住宅地は人と自然のふれあいを拒み、人と人との交流を希薄にし個人を孤立させる。人工的な環境を作り上げようとする人々の意欲を醸成することが乏しい。
 いま、日本では住むための機能に特化した住宅地から、自然を豊かに取り入れた住宅地を作り、軽視されてきた住宅地の自然環境を回復させようという動きが顕在化してきた。近代都市計画上の金字塔であるイギリスのニュータウンにみられる自然環境との融合や階層混合によるコミュニティの形成、美しい住宅地景観という高邁な理想追求の概念にはいまだほど遠いものがあるが、本来住宅地が持っていた多面的な多様性を回復させようとしていることは貴重な試みではある。
 筆者の乏しい韓国での経験ではあるが、豊かな自然に恵まれた韓国の国土における住宅地計画の方向性を考える時期が到来していると言えるのではないだろうか。

2.都市と住宅地の環境に求められるもの
2−1.持続可能な都市と住宅地の自然環境
 都市の緑の環境の後退、ヒートアイランド現象、地下水位の低下、窒素酸化物をはじめとする大気汚染などの環境悪化は、人間居住の最も先端的位置づけである都市の居住条件をさらに低下させている。
 現代の環境問題は、都市の環境問題から地球規模の環境問題である地球の温暖化、熱帯雨林の激減、オゾン層の破壊、砂漠地域の拡大、酸性雨、途上国の公害問題などが大きな関心となっている。しかし、地球規模の環境問題と、都市の環境問題は基本的には連動し、都市の環境問題の解決なしには地球環境の問題の解決はあり得ない。
 都市と自然は対立的な関係であることは、人間が自然環境を改変して、さらい言えば自然を破壊して都市を構築したことを思い出すまでもなく明らかなことである。しかし、地球環境の問題を全面的に解決する方向へ向かうためには、都市の環境問題を解決するための方途を見出すことが求められているのである。したがって、自然を破壊してきた都市に課せられる課題は、都市に自然を回復し、自然と共生し、未来に向かって持続可能な都市を構築することにあるといっても良いであろう。
 都市的土地利用の多くの部分を占める住宅地の自然環境問題の根幹は他の都市的土地利用ゾーンと同様に自然環境を排除して成立していることにある。住宅地の地表はコンクリートやアスファルトなどの不浸透性の材料で舗装され、地下水位の低下や気温の上昇の問題だけでなく昆虫などの小動物の生態を排除している。

2−2.住宅地の町並みと景観
 人工環境としての住宅地の町並みや景観は自然環境と同様に大きな要因である。住宅地計画において環境に負荷を与えず、周辺環境との調和を実現するということは自然環境だけでなく、町並みや景観においても考慮すべきことである。
  画一的で無味乾燥な住宅地はたとえ居住機能を満足させたとしても居住者に快適環境を提供したことにはならないであろう。個性的で、地域の歴史的な町並みのコンテキストを十分読み込んだ住宅地が日本の地方の公営住宅地でも計画されるようになってきた。

2−3.社会環境の容器としての住宅地
 住宅地の住居形態や住宅地施設としての広場や公園や公共施設は多様な社会構成としての住宅地の環境を提供したのであろうか。もう一度振り返ってみる必要がある。また住宅地の建設と居住者の社会構成の関連性を時間軸の中でとらえなければならないであろう。社会階層や年齢構成を混合した開発形態はコミュニティの継続性、持続性が保証される。しかし、戸建て住宅地や、アパート群など単一な居住形態によって構成され、しかも短時間で建設された住宅地は安定した社会環境やコミュニティを形成することは困難である。
 住宅地計画は単なる居住機能だけでなく社会環境の容器としてのソフトな機能をもっているという原則的な概念を問い直す必要があるのではないだろうか。

 持続可能なまちづくりの7つのポイント(日経97年10月20日記事より)

     地域アイデンティティ  住んでいることが誇りとなるコミュニティの創造
                        (歴史・伝統・文化の保存、景観形成、住民参加など)

     自然との共生          緑あふれるエコロジカルなコミュニティの創造う
                        (自然地形活用、生態系保全、グリーンベルトなど)

     人が主体の交通計画    体系的な歩・車のネットワークの創造
                        (車公害の抑制、歩行者空間・自転車道の整備など)

     ミックストユース      生活上の様々な活動拠点の創造
                        (商業、工業、業務施設のコミュニティとの共存など)

     オープンスペース      魅力ある効果的で多様なオープンスペースの創造
                        (中心広場、自然保護のためのオープンスペースなど)

     多様な居住形態        ライフスタイルにあった多様な居住形態の創造
                        (個性的住区、環境共生住宅、幅広い年齢層対応など)

     省エネ、省資源        地球環境を保全するコミュニティの創造
                        (ソフトエネルギー利用、廃棄物リサイクルなど)

3.日本の環境基本計画が目指す都市像
 1993年に日本で制定された環境基本法は、自然との共生する都市の姿に多くの示唆を与えるものである。環境基本法に規定されている環境基本計画には自然との共生や持続可能な都市の構築のための都市計画や住宅地計画に関わる課題が多く含まれている。ここでは、これらの点についてまとめてみよう。
@<循環>水の健全な循環を確保するためには、雨水の地下への浸透を保障すること。また、都市建設における環境への負荷の軽減化、不要物の発生抑制や適正な処理、さらには、循環が求められる。
A<共生>都市における優れた自然環境を維持し、さらに自然環境の形成に努めること。雑木林などの都市内の森林の保全、ビオトープの形成で自然と共生できる環境を作り上げること。くわえてビルディングの緑化によって都市のヒートアイランド現象などを解消すること。
B<参加>都市活動の主体である行政、民間事業者、市民の参加で都市の自然環境の形成に努めること。環境教育を通じて都市の自然環境の重要性を認識し、自然と共生する都市の形成について共通認識を醸成すること。
C<国際的取り組み>都市の環境計画についての国際協力が求められる。たとえば当該分野で先進的な取り組みがなされているドイツは豊富なノウハウを持っている。また、途上国の都市環境の形成についての協力は先進国の義務でもあろう。
  以上の考え方はすでにいくつかの事例をみればすでに過去の住宅地計画において問題意識として取り組まれているものである。
 <事例の図と写真>

4.イギリスのニュータウンとガーデンサバーブズ(田園郊外)の自然環境に学ぶ
 エベネザー・ハワードが田園都市論を提唱して著書「明日」を出版したのが1998年であった。1903年に田園都市協会が設立され、レッチワースの建設が始まった年から90年以上がすぎている。レッチワースからウェルウィンさらには田園郊外としてのハムステッドへと続く一連の住宅地計画の中で強調されたのは豊かな緑を住宅地のなかに取り入れるということであった。これらの都市設計を担当したレイモンド・アンウィン(Sir Raymond Unwin)がイメージした住宅地の原風景は中世の雰囲気を濃厚に残していたロンドン郊外の農村集落であったことはよく知られている。
 それらの農村原風景をもとにしながら、ニュータウンの設計に多用した手法は低層住宅、クルドサック、囲い込み配置、ビレッジグリーンと呼ばれる芝生広場、そして豊かな緑の街路である。そして、ハワードがめざした階層混住によるコミュニティの形成がそれらの手法によって可能となったのである。もちろん現代的な意味で「環境に配慮した住宅地」という概念とは異なった計画原理であった。すなわち中世の集落空間から読みとられる小さなコミュニティの集団としての住宅地の構成を現代の住宅地のデザインとして提案したことである。
 しかし、現在我々がレッチワースなどの住宅地を訪れる時、みずみずしい新しさを感じることができる。時代と社会環境は異なっても、求める住宅地の姿は驚くべき符合を見せるのである。


写真3 レッチワースのビレッジグリーン(’97夏撮影)

5.ドイツの環境共生型住宅地とビオトープ
  ドイツの自然保護の動きは18世紀から19世紀にかけての農業国家から工業国家への移行過程の中で起こり、以後の自然環境保護運動につながったといわれている。市民貸し農園(kleingarten)の起源であるシュレーバーガルテンの建設運動に始まる都市住民生活における自然重視の運動も前世紀の半ばごろのことであった。そして現在のドイツ市民、とくに集合住宅居住者のクラインガルテンに対する愛着はきわめて大きなものがある。
  法律的には連邦自然保護法(1976)が自然保護に関わる基本的な法律として機能している。この法律に基づく「自然地計画図」や「介入規制」の手法により現代ドイツの自然地計画の代表的手法としてのビオトープが出現したのである。住宅地計画にとどまるわけではないがとくに住宅地計画におけるビオトープの役割は大きい。

写真  ベルリン郊外のビオトープは徹底した自然回帰をめざしている。長期の放棄で植生が回復することが期待されている。(’97夏撮影)


写真 ケルンのビオトープ(ケルンメディアパーク、’97夏撮影)
 
 

6.アメリカのビレッジホームズ
イギリスの田園都市とドイツの環境共生型住宅地の融合型とも見られる住宅地計画がアメリカに出現した。カリフォルニア州サクラメントから車で30分のニュータウン、ビレッジホームズである。イギリスのニュータウンがコミュニティの入れ物としての自然環境型住宅地、ドイツの環境共生型住宅地は都市型居住における癒しの機能が大きいと見られるのに対してこのビレッジグリーンは徹底した自然との共生を目指した住宅地である。農村集落を思わせる住宅地には現代的な住宅地建設の技術体系をむしろ遠ざけて作られているのではないかと思わせられる。交通はアメリカ社会での常識である自動車から自転車に主役を譲り、小規模な宅地であるかわりにグリーンで満たされた公共空間、広い街路ではなく、密度高く張り巡らされた歩行者のための小道のネットワーク、芝生の広場ではなく郊外の市民農園、街路樹ではなく自由な採取を許す大量の果樹はまさにビレッジホームズ(村の住宅)である。

7.キャンベラの住宅地
  オーストラリアの首都キャンベラは新大陸の内陸奥深くに作られた新都市である。この都市は設計コンペに入選したアメリカのに建築家グリフィンの計画案によって建設が開始された。グリフィンの計画は提唱されて間もないイギリスのハワードの田園都市論に基づいて計画されている。3つの都市センターと複数の衛星都市というよりもコミュニティ核を放射状の道路ネットワークによって緊密に結びつけられた都市構造はハワードの田園都市のダイヤグラムに忠実な形態をみせている。そしてハワードの田園都市の理念に極めて適合したとみられる住宅地が都市の居住形態として提案されている。都市センターに近接した地域まで緑あふれる低層住宅地が展開している。自然環境を重視した住宅地の計画は建設から数十年を経過した現在でも新しい概念を我々に示し続けていると言えるであろう。


写真  キャンベラの住宅地(テラスハウス形式が多い。’95、7月撮影)
 

8.おわりに
 環境重視のまちづくりは、地球環境の時代的背景の中で急速に浸透してきた。背景は異なるが、そのような中でハワードの田園都市論とアンウィンの都市計画が見直されている。
 韓国の住宅地を見た筆者の少ない経験をもとに、誤解を恐れずにいうならば、いま韓国の住宅地計画で最も必要なことは資本の論理から環境・計画の論理に転換し、超高層の住宅地から、環境共生型住宅地へと軌道修正することではないだろうか。これは、日本の住宅地計画においても同様に指摘できることであろう。

参考文献
1.Berlin City,Lanndschaftsprogramm Artenschutzprogramm,1994
2.Raymond Unwin, TOWN PLANNING IN PRACTICE,1994,Princeton Architectural Press,
New York
3.西山康雄、「アンウィンの住宅地計画を読む」,1992,彰国社
4.Richard Register,ECOCITY BERKELEY:Building Cities for a Healthy Future,1989,
North Atlantic Books,Berkeley
5.Mervyn Miller,LETCHWORTH:The First Garden City,1989,Phillimore & Co.Ltd,
Chichester
6.環境庁環境計画課,「地域環境政策」(加除式),第一法規
7.Angela Eserin,WELWYN GARDEN CITY:The Archive Photographs Series,1995,
The Chalford Pub. Co.,Chalford