大銀経済経営研究所

創立10周年記念事業

地域づくりシンポジウム

みんなで拓く「新大野時代」

地方分権時代の地域経営

〜新しい地域づくりへの視点〜

2001年1月14日、大野広域連合総合文化センター

「エイトピア」(三重町)で開催されました。

 

〇コーディネーター

佐藤 誠治氏    大分大学工学部教授、工学博士

〇パネリスト

亀野 辰三氏     国立大分高専土木工学科教授、工学博士

河室 順子氏     緒方町地域づくりグループ「ONE STEP」代表

佐藤 雅秀氏     大分合同新聞社 月刊ミックス編集長

高山 豊吉氏     犬飼町地域づくりグループ「犬飼KENKO塾」初代塾頭

アドバイザー兼パネリスト

渡辺千賀恵氏   九州東海大学工学部教授、工学博士

(敬称略)


(司会)それではパネルディスカッションをはじめさせて頂きます。まず、パネリストの皆さん、そしてコーディネーターの先生をご紹介させていただきます。はじめに国立大分高専土木工学科教授の亀野辰三先生です。続きましては、緒方町地域づくりグループ「ONE STEP」代表の河室順子さんです。大分合同新聞社月刊ミックス編集長・佐藤雅秀さんです。そして犬飼町地域づくりグループ「犬飼KENKO塾」初代塾頭でいらっしゃいます高山豊吉さんです。更に先程ご講演頂きました渡辺千賀恵先生にはアドバイザーとしてこのパネルディスカッションにもご参加頂いております。よろしくお願いいたします。そしてコーディネーターをお願いしておりますのは、大分大学工学部教授の佐藤誠治先生です。

(コーディネーター:佐藤誠治)ただいまご紹介いただきました大分大学の佐藤でございます。

今日のパネルディスカッションのテーマは「みんなで拓く『新大野時代』」、地方分権時代の地域経営、新しい地域づくりへの視点というタイトルでございます。

先程ご紹介いただきましたように、4人のパネリストの方、それから先程ご講演いただきました渡辺先生にご参加いただきまして進めさせていただきたいと思います。まず最初に、私の方から、このパネルディスカッションの冒頭発言という形で、趣旨あるいは背景といったことにつきまして簡単にご説明させていただきます。

皆様方ご存じのように、平成8年に大野広域連合が大野郡内8か町村で組織されまして、現在いくつかの事業が進行してございます。この大野広域連合、どういうふうな背景の下に生まれたかというふうに考えますと、大きくは2つほどあるんじゃないかなというふうに考えております。

1つは、人々の生活が非常に広域化してきている。それに対しまして、行政の枠組みと言いますか、行政が実施すべきサービスがなかなかこう追い付いていっていないというふうなことがまず第1にあるんじゃないかなというふうに思っております。

先程の渡辺先生のお話の中にございましたが、行政圏域なりあるいはその連携範囲が広がっていくという歴史的なその経緯を見てみますと、昭和28年に市町村合併促進法ができまして、昭和30年前後に大量な合併が行われた。全国で実施されたわけでございます。当時は道路だとかあるいは学校だとか、高度経済成長を前提としたインフラ整備が広域の視点で行われないとなかなかうまくいかないというふうなことがあったわけでございまして、これは冒頭部分でと言いますか、このシンポジウムの開催挨拶の中で大分銀行の高橋頭取の方から、中央集権型の行政を進めてきた今までの経緯というのがあるんだというふうにおっしゃいましたけれども、まさに中央集権型の行政を効率的に推し進めるために、第一次の、と言わせていただきますけれども、市町村合併があったというふうに考えております。

今回は、もっと異なった、むしろその逆の視点からの広域化、合併の話は今日はあんまりしたくないんですけれども、そういうことがある。財政の効率化を進めなきゃいけない。福祉だとかあるいは、各種の、このエイトピアもそうですけれども、公共施設を整備するときに効率的に整備しなきゃいけないとこういうふうなことが1つあるんではなかろうかというふうに思ってます。

それからもう1つは、これも今回のこのテーマでございます地方分権というふうなことでございます。先程の中央集権型から地方分権型の行政システムをつくっていくという中で、広域化が図られていくということが必要になったというふうなことでございます。

地方分権というふうに言っていいのか、これもまあ高橋頭取の話でしたけれども、地方自律、自立というのは、自ら立つということもありますけれども、自らを律すると言いますか、自らをコントロールするという、この地方自律の枠組みがいま大きく求められてるというふうに考えております。地方分権というのが、ともすれば国がやるべきことを放り投げて地方に押し付けるとこういうふうなニュアンスで受け取られる向きがあるわけですけれども、そういうことじゃなくて、地方が、自らのことは自らで計画して、自らが治めていく。地方自治という言葉は若干古いんですけれども、そういうふうなことが今まさに求められてるということじゃなかろうかなと思います。

1月6日に省庁再編が行われまして12省庁が生まれました。国は行政のスリム化を求めていく。スリム化をやっていく。そのために、国が持っている権限を地方にどんどん移譲していく、地方に移譲されたときに、それでは地方がそういう行政の執行力を持っていかなきゃいけない。あるいは財政力も持っていかなきゃいけない。こういうことが現実的には求められているわけでございます。行政の末端というふうな言葉はあまり私は好きでないんですけれども、行政の、逆に言えば先端であるところの市町村が、自らの行政企画力、執行力を持っていくことが求められてるというふうに思ってるわけです。

さて、そういう広域圏としての枠組みが求められているわけでございますけれども、じゃあその地域に住んでいる我々はどういうふうな未来像が描けるのか、展望が持てるのかということが私はもっとも重要なポイントになってくるんじゃないかなというふうに思っております。いわば広域圏の未来像、大野広域圏の未来像をとき起こしていくというふうなパネルディスカッションにできればというふうに考えております。

いずれにいたしましても、合併ということをダイレクトに議論するわけじゃないわけですけれども、むしろ大野という枠組みの中での町づくり、広域連合というものが絶対うまくいまからいっていかなきゃいけない。そのうまくいくための地域経営、町づくりというのをどういうふうにしていかなきゃいけないのかということで、今日の議論を進めさせていただきたいと思います。

その場合にいくつかのキーワードがあろうと思います。一つが「少子・高齢化」であります。少子・高齢化というのは、昨年の国勢調査の速報を見てみますと、大野郡は全体といたしましてマイナス4.22%ということで、非常に人口も減ってきている。郡レベルで言いますと南海部郡の次ぐらいに人口が減少しているわけです。

次のキーワードが交通ネットワークの問題、それからIT(情報通信技術)であります。広域での生活をうまくやっていくためにはITに頼らなければいけないところも結構あるんじゃないかなというふうに思います。県南の方ではCATVを使いましてインターネットだとかあるいは域内の電話もただにするとかそういうふうなことで、ITを使った地域連携を広域にやっていくということもなされております。あるいは国際化だとか、あるいは地域資源の重視だとか、こういうふうなことが将来ビジョンを語っていく上でキーワードになってくいくんじゃなかろうかと思っております。

それからもう1つ、最初からまとめてしまう訳ではないんですが、おそらく今日の議論は、広域の中で定住する「地域定住」、それから広域の中で交流をしていく「広域交流」、地域定住と広域交流ということが私はおそらく一本の柱になっていくんじゃないかなというふうに思っております。地域に定住しながら生活あるいは生存を支える条件を広域交流の中で実現する。もっと簡単に言いますと、自分の生まれたところに住み続けながら、かなり離れたところへ行ってでも働く場を確保する。さらに、交流によって生活を豊かに演出するというこういうことが求められているんじゃないかなというふうに思っております。

「地域定住」と言いますと使い古された言葉ですけれども、コミュニティですね。それから広域交流ということから言いますと、ちょっと難しい言葉ですけれども、アソシエーションという言葉があります。コミュニティというのは地縁、土地の地に縁、えにし(縁)という、その土地に住むことによって生まれる縁、これを大事にするようなそういう社会の枠組みでございまして、もう1つのアソシエーションというのはこれは私が考えたんですけれども、これも<チエン>というふうに言っていいんですけれども、価値の値、値段の値と書きますけれども、この値縁型の社会である。働く場あるいは人と人とが交流して、趣味だとかあるいはサークルだとか、町づくりのグループだとかこういうふうな人と人とのネットワークの話でございます。定住するためのコミュニティの場としての集落の住みやすさというもの、これをいかに作っていくのか。あるいはもう1つの値縁型の、人と人とのネットワークをするためのいろんなハードな整備だとかいうものも含めて考えていかなきゃいけないんじゃないかというふうに思ってます。

この2つ、コミュニティとアソシエーションと言ってるわけですが、この2つをどのように作り上げていくのか。これが本日のパネルディスカッションの目的になっているのではないかなというふうに思っております。

パネリストの方々には、地域のいいところをもっと伸ばしていくだとか、あるいは問題点はいろいろあるのでしょうけれども、積極的で前向きな発言を頂きまして、実りある成果に結びつけていきたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。まず、最初に河室さんお願いいたします。

(パネリスト:河室順子)はじめまして。私は緒方町から来ておりますけれども、現在自分がいまやっていることの紹介と、自分が地域づくりにどういう気持ちでこれから参画していくかということを踏まえまして、最初に発言させていただきたいと思います。

私はいま「ONE STEP」という地域づくりグループに所属しています。これは昨年の12月に県主催の「男女共生フェスタ」にワークショップを開催したということで、近未来のパートナーシップを寸劇で提案させていただきました。この活動でやっと町内でもそういうグループがあるのかというぐらい知られた程度で、まだまだ発足して若いグループなんですけれども、このグループの特徴は、年代や職域や国を越えて、未来に夢や希望をたくさん持った人達がそのハートの部分でつながって集まったということです。ですから、背後に関連団体とかも抱えるわけでもなくて、自発的にできたものですので、まさにアソシエーション、価値で集まったグループという形で新しいスタイルかもしれないなと思っています。

いま私がいろいろやっていることの中で、図書館ボランティアというのがあります。これはどこの地区でもそういったボランティアの方が、もう随分昔からそういった活動を地道に続けてこられてると思うんですけれども、私は一緒にやっている仲間がもう1人いるんですけれども、自分たちの子どもも含めて最近の子どもたちを見ていると、どうも活字離れが甚だしいのではないか。赤ちゃんの頃から映像に慣れてますから、常にビデオを見ている。ビデオを見たりテレビを見ている間、ゲームをしている間はおとなしいのだけれども、人の話になると急に集中力がなくなってしまう。よそを向いて返事をしている。そういうことに自分の子どもを含めてなんとなく危機感を感じまして、同じように感じてる仲間と一緒に、じゃあ自分たちで何がきるだろうかいうことで、本当に手近なところで図書館で絵本の読み聞かせというものをスタートしたんです。最初のうちは、やっぱりそういうことに慣れてないお子さんたちは、本当にそわそわしてまして、その場所に慣れるということすらできませんでしたが、会を重ねるごとに喜んで来てくれるようになって、そして人の話を本当に集中して聞く姿勢を持つようにりました。徐々に本当に子どもたちの成長見ながら、自分たちも、「あ、マンネリにしてはいけないな。やっぱりこれをもうちょっと発展させた形で続けていきたいな」といういま模索をしているところです。

それと育児サークルもやってるんですけれども、緒方町の方では2カ月に1回育児サークルを行政の方がちゃんとしてるんですが、私たちが子どもを育てていく中で、やはりニーズということを考えたときに、とても2カ月に1回では追い付かない。ましてや農村部、中山間部とは言えども、お母さんが子どもといつも対面して引き篭りがちになるのは、むしろ中山間部の核家族の方がその危険性は高いのではないだろうかと思いました。都市部になりますと、本当に育児サークルとかたくさんありまして、本当にいろんな地区でお母さんたちが自主的に集まってます。ところがお仕事を持ってるお母さんが多かったりとか、だからお仕事を持たないで本当に育児に奮闘しているお母さんの行く場所がなかったんです。で私も最初はそうでしたので、その駆け込み寺が図書館でした。それで図書館でどうして育児サークルがないのかなといつもぼやいて何年かが過ぎて、自分の子どもはもう今度6歳になるんですけれども、実際もう保育園に出てますので、私もお母さんの友達ができたんですが、じゃあいま赤ちゃんと対面しているお母さんたちってどうしてるんだろう。本当に私は何も自分には能力はありません。だからただ場所を提供しようということを考えました。そこで緒方町の歴史民俗資料館という建物があるんですが、本当にそこのスタッフの厚意でそこの場所を提供して頂いて、そしてそこを赤ちゃんと赤ちゃんだけじゃないですね、乳幼児、幼児も含めて、保育園とかにまだ行っていないお子さんとそのお母さんが集まる場所というふうにして位置づけています。

これもまだまだやり始めて間がないことですので、これからどういうふうになるかまでは分からないんですけれども、そういった意味で少しずつ私のできる範囲のことをただやっているだけで、これといって取り立てて珍しいことをやっているわけでもなんでもありません。今日今回こんな場所で発言するというチャンスを与えていただいて、私自身が地域づくりについていままだ勉強している途中なんです。私も緒方のことが大好きですし、この大野郡地域が大好きですからか、自分がじゃあ次の子どもたちのために何を残せるかなと思って、やっと地域づくりということに目覚めた人間ですから、大したことは言えないと思いますけれども、皆さんのご意見とかご提言をいただいて、今日自分がここでたくさん学んで帰りたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。それでは次に、高山さんよろしくお願いいたします。

(パネリスト:高山豊吉)こんにちは。紹介いただきました犬飼町の高山でございます。それでまず冒頭に、大野郡内あるいは我が犬飼町内の現状、問題、課題等を述べさせていただければと思います。若干固くなりますけれども、本日のタイトルが地方分権時代の地域経営、新しい地域づくりへの視点ということなもんですから、地方分権と地域経営ということを私の頭を整理する意味でちょっとこれは条文になるんですけれども、読まさせて頂ければと思います。

地方分権の推進に関する基本理念であります。これは第2条なんですけれども、「地方分権の推進は、国と地方公共団体とが共通の目的である国民福祉の増進に向かって相互に協力する関係にあることも踏まえつつ、各般の行政を展開する上で国及び地方公共団体が分担すべき役割を明確にし、地方公共団体の自主性及び自立性を高め、個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現を図ることを基本として行われるものとする」と記されております。すなわち何度も申されておりますように、自立性と自主性という考えの下に多くの方々が日々思考を巡らせ、具体的な分野に取り組み、地域づくりをなさっているわけであります。

次に、地域経営という言葉も私が不慣れな言葉なもんですから、ちょっと述べさせていただきます。これは皆様ご存じであるかもしれませんけれども、地域内のあらゆる資源、すなわち自然、人材、文化、歴史、産業等をいろいろな方法で、最大限に活用して地域を元気なものにしようということのようでございます。

そこで現状について述べさせていただきたいんですが、本来でしたら、いま関心事は、合併やそれから地域高規格道路がいつごろどうなるかというような問題であろうかと思いますけれども、あえて別の角度から見ますと、農村集落には空き家が増え、商店街の一角が住宅地にあるいは空き地になり、農地の一部は耕作放棄地となり山も荒れようとしております。また、企業も体力が落ち雇用もままならない。もちろん例外もあり特別優れた企業も存じておりますけれども、このような中、様々な人、民間団体、公共団体等がこのまま手をこまねいているわけにはいかないということで、今までやってきたことは当然いまも続けているんだが、何かすっきりしない。なんとかしなければと思案しているというのが現状じゃなかろうかと私は判断しております。でも今日はこんなことばかりを言うために壇上に上がっているのではありません。ささやかですけれども、取り組みの具体例をお話しし、皆様とともに考えることができればとの思いでいっぱいであります。

若者も女性も中年の者も高年者も農業者もサラリーマンも自営業者もそれぞれの思いでチャレンジしています。自分のために、地域のために、生業のために、夢を実現するために、それぞれの思いは様々でしょうが…。まず大野郡内の若者で構成されている「NEO21塾」の塾生、そしてその卒業生で作る「NETSおおの」の人たちは、郡外の人たちとの交流や研修をしたりしておりますけれども、大野町の県央空港やエイトピアおおのの駐車場を使って、各人の車の中から映画を見るドライブインシアターをこれまで3回毎年やって多くの人を感動させています。また、映画は映画館のない大野郡で、このエイトピアおおのの会場も使って2回程タイタニック等を上映しております。彼等は、また地域づくり、地酒づくりにも挑戦し、米にこだわった酒づくりの一環として、田植えから草取りから稲刈りまで見事にやり遂げ、いい酒を完成させました。多くの人に世話になりながら苦労したでしょうが、情報発信もし、おそらく楽しみもし、また得るものも多かったことと思われます。

次にもう1つですけれども、これは卑近な例で申しわけないんですが、犬飼町の例であります。旬荷集棟というご存じの方もおるかと思うんですが、地元産の農産物などを販売する店が国道326号沿いにあります。派手ではないので目立ちませんが、工夫をしながら野菜類を中心に地元で生産される合鴨関連の食品、お菓子等も販売し、地域に貢献しております。それぞれ職業は別に持っておる人達が出資をし経営しており、経営面では、聞くところによると苦労した時期もあったようですけれども、現在は仲間の励ましと能力ある人のテコ入れとで経営も順調のようでありまして、かなりの金額を売り上げたと先般町報にも載っておりました。これら2つの例以外にも各地で数多くの住民参加の地域経営がなされ、元気な姿が見られます。けれども、農村集落の空き家は、相変わらず増え、商店街は住宅地化しあるいは空き地になっていくのでしょうか。そのへんを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。でも動かなければならない、動かなければ何も変わらないというのが事実だと思います。

(コーディネーター:佐藤誠治)はい、どうもありがとうございました。それでは佐藤さんお願いいたします。

(パネリスト:佐藤雅秀)佐藤です。どうもこんにちは。私の場合は新聞社に勤める者、大分市民として外からどういうふうにこの大野郡というところを眺めてるかということを少しお話ししてみたいと思います。せっかくですけども、一応私のところの雑誌はこういう大分の総合誌で「月刊ミックス」というのを作っております。毎月10日発売です。見た方もかなりいらっしゃると思いますけども、今月のグラビアの巻頭は、千歳村のひょうたん祭り、ひょうたん様です。私も行きましたけども、なんか地元の人の一人がひょうたん様になるちゅうのは、勿体ないというか、今年も見物人が1,000人以上ぐらいですかね。せめて2〜3人、4〜5人、私らでも応募して、当たったらひょうたん様になれるといいなという感じを持ちました。

大野郡と言いますと、とにかくよく日曜日出かけてきます。ひょうたん様をはじめとして、チューリップ祭りだ、緒方の小松明だ、ここの長者祭りだ、農道空港の空港祭りだ、行ってないお祭りとか催しはないぐらいに、夫婦か近所の定年直後の仲のいい夫婦の2台3台でやってきます。いわゆるお金を落す有力観光客ということです。その度に、さっき高山さんからも出ましたけども、旬荷集棟に寄りながら、金田の直売所に寄りながら、朝地の道の駅に寄りながら、緒方の道の駅に寄りながら、だいたい竹田を、竹田をどういうわけか通過してしまうんですね。なんとなく通過して、442の久住に上がってハムを買って帰ったりとか、それから野津原の農産道路沿いを若妻の店とか各直売所でまんじゅうを買ったりと、だいたいそのルートで一巡り、反対回りもありますけども、おおかた1回行くと、小1万円使ってしまうという部類です。そういうお祭りが好きというのもありますけども、ちょっとはこっちの取材も兼ねてるというような形です。年間にすれば、さあ10回以上は、遊びでは来てるんじゃないかな。一昨年、去年も小松明のときはもう猛烈な車の渋滞で、緒方を出るのに1時間半かかったとかいうように、これだけの観光客が来るのに1日では勿体ないな、8月ずっと小松明をやってればいいのになというような感想も持ちました。

新聞記者とか雑誌の記者という立場から大野郡を見ますと、とにかく広いということです。この三重ルートと大野ルートと2つあるというところで、何かこうひとつシンボル的に何かつかめないという思いがしてます。もう1つは、大野郡という、広域連合がありますけども、大野郡として一纏めにしたときに、「大野郡」すぐ頭の中で2、3秒後に、「あ、これ」というイメージがもうひとつ浮かばないというような気がしてます。例えば、杵築、日出ということになりますと、「あ、ミカン」だと。なんとなくもう甘いハウスミカンの感じで、杵築となるとだんだんミカンを食べたくなるようなイメージがないんですね。このミックスをやる前、私7年ぐらい農林漁業担当という記者を経済部でやってました。そのときはもうそれは年間10回大野郡に来るというどころではありません。もっと年間にすれば30日40日この大野郡に入ってきて、農業面では、二大産物と言えばピーマンと葉たばこと、それ以外に朝地中心ですけども、豊後牛だ、シイタケだ、最近ではここに飾ってありますように、スイートピーだ、カーネーションだ。それから最近は千歳を中心として、ナスだ、昔から伝統的には、糯米だ、里芋だ、甘しょだという感じで、もうそれこそ数えればきりがないほどの産物を持ってるだけに、来ることが多かったわけですけども、だいぶその大野、大野と野津を足せば葉たばこはもう全国的に有力産地になりました。ピーマンも宮崎に続いて西日本では有力産地になってきました。そういう意味で、大野郡全体の基幹産業とすれば農業ということになりますけども、葉たばこ、ピーマンという主力を考えると、ここは農業的には元気のあるとこかなと。ピーマンは中年夫婦が元気がいいんですけども、葉たばこは若い後継者も残ってますし、それから干しシイタケ、酪農、花にしても結構後継者が定着してます。総体的なわけですけども、南郡、津久見、佐伯、竹田、直入、例えばその向こうの大分郡野津原というような大きな地区からみると、ここは農業的には元気のあるとこかなというイメージを持ってます。後継者難だ、若い人が定住しないと言いながらも、絶対数は少ないかもしれませんけども、そこそこ芽が出てるというような捉え方をしてます。

もう一つは、地域のコミュニティづくりにもつながりますけども、三重町の金田とか、緒方の軸丸だとか、野津の田中とかいうその集落営農組織の立ち上げも大分県内では先進的ですし、次のいわゆるホップ・ステップ・ジャンプというジャンプの中で、いろんなUターン者や若者定住や観光だ、最近は横文字でグリーンツーリズムとかいう言い方をしますけども、そういうことが事業が展開できる基盤は三重だ、野津だ、緒方だというところで基盤はあるんではないかなと。後は芽が出ているので、それと後は二葉にし、四葉にし繁らせていくというそういう時期で、このシンポジウムを機を得たものかなと思っております。

先程から少し市町村合併でなんとなく経済不況でもありますし、我慢の時代が21世紀だということにもなりますけども、ある意味では、各町村でやっていけるとか、各世帯が結構収入かがあるとなれば、あまりこうみんなでおしくらまんじゅうのように共同で一生懸命何かやろうよという感じにはならないと思います。でも先行き不安だということも含めて、いま基盤のある地域が、地域集落が手をつないで明るい未来をビジョンを描ける、ちょうどこの1月が起点ではないかなというような気がしております。

大分県というところは結構面積的には広いんですけども、平安時代末期から緒方氏を中心として、なんとなくこの大野地域が主導権を握ると元気がいいと、なんとなく豊後地方、大分県全体の活性化が図れるんじゃないかなという気がします。そういう意味で、皆さんもこれからひょうたん様になったつもりで、明るく豪快に手を取り合っていくといいんじゃないいかなというような、これはもう簡単に外から見たように話です。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。元気のあるその集落のビジョンが描けそうだというところが非常にいいんじゃないかと思います。それでは亀野先生のご発言いただきたいと思います。

(パネリスト:亀野辰三)皆さんこんにちは。私は大分高専の亀野と申します。今日は壇上にあまり日本人らしくないような顔がいるなと皆さん方思われたかもしれません。東南アジアからの留学生によく似てるな。本当なんですね。私大分高専の土木工学科にミャンマーからチョウ・ミョウ・リンという留学生が来てるんですけども私とそっくりなんですね。本当によく似ておりまして、やっぱり私のルーツはあそこらへんかなとは思っております。ただ、これまでずっと大分高専には、留学生がベトナムとか、カンボジアとか、ラオスとか、バングラデシュとか、今年ミャンマーとか来てますけども、私大変その留学生に親近感を持たれてるんですね。日本人の学生にはどうか分かりませんけども、この私の今日の大きなお話の流れの一つがこのフレンドリーな関係をいかにして、この大野地域に作ればいいのか。要するに関係づくりということが非常に大事ですよというふうなお話をシンポジウムの後半、後段に述べてみたいと思います。

私の本日の立場は、1つは、大銀さんと一緒に広域計画を作っている、計画を実際に策定してる立場としての顔と、もう1つは、お手元のパンフレットにあると思いますけども、私自身も20年ぐらい前から、今、私大分市の毛井という地区に住んでるんですけども、毛井というのは東芝大分工場ご存じでしょうか。その隣に隣接する戸数120戸ぐらいの地区ですけども、そこで青年部というのを立ち上げまして、それでずっと長く事務局長をしてまいりまして、いわば草の根的な町づくりの実践活動も行ってきたというふうな経験も持っておりますので、このへんはまた後段の方に併せて述べてみたいと思います。

それでは、まず最初の方の私の立場ですけども、この大野地域の将来像を決めるには一体だれが決めるのであろうか。もうこれは先程渡辺先生のお話もありましたけども、地域の将来を決めるのは、首長さんでもなく町の役場の職員でもありませんね。これはもう住民自身であります。住民自身が結果的に選択する問題なんですけども、そこで住民自身の方に昨年の秋に2,000人を対象にアンケート調査いたしました。おそらくいま来ておられます皆様方の中でもアンケート用紙がきてご回答いただいた方もいらっしゃると思うんですけども、1,066人の方から回答いただきました。回収率は53%でございます。この種のかなり難しいアンケートだったわりには、非常に高い回収率でなかったかと思っております。私が今から述べますことは、その中で本日のシンポジウムに関係ありそうなことを冒頭にかいつまんでご報告をさせていただきます。

まず、今日シンポジウムにお見えの皆さん方は、8か町村から来られてると思うんですけども、住民の方は、自分たちの生活環境をどのように評価しているのであろうかというふうな設問でございます。まず町村別の総合評価で、快適性と、保健性、利便性、安全性の4つの側面で各々100点満点ですから合計が400点なります。ちょうど平均が50点になるようにしております。これで評価を住民の方にしてもらいましたら、快適性と保健性の1位は緒方町であります。安全性のトップは千歳村です。利便性は三重町が1位の評価でした。

ちなみに、この利便性から保健性までの4項目を単純に合計して、各町村の総合評価というのを出してみました。これは文字どおり行政の施策の結果である生活環境全般にわたりまして、住民がどのように感じてるかというふうな結果ともとられます。第1位は三重町でした。これは400点満点の240点です。第2位は緒方町で233点です。わずか7点の差で緒方町が続いております。人口6,500人の緒方町が非常に健闘してるというのがこのアンケート、住民の評価回答から浮かび上がってまいりました。ちなみに第3位というのは千歳村です。207点でした。400点満点ですから、200点以上は平均以上の評価であったというふうに考えられますので、以上この三重町、緒方町それから千歳村の3つの自治体は平均点以上の評価をもらっている。まずまず行政の全般にわたる施策の結果が住民からも支持されているのではなかろうかと、私はそのアンケートから読み取ることができました。ただ、それ以外の第4位以下の順位を述べますと、新春早々、首長さんがちょっと胃が痛くなるかもしれませんので、ここは省略させていただきます。

次に、渡辺先生等も触れられておりましたけども、市町村合併ということにつきまして、まずそれに直接触れる前に、自分の町村以外であなたはどこに一番身近に感じてますか、という質問をしております。これはまあいわば好意度を表わすような観点からの質問であります。そうすると第1位は三重町でした。第2位は大分市であります。この2つの市町が郡を抜いて多い。第3位は竹田市で、非常に割合は少ないんですけども、第3位であります。地理的な関係があるのかもしれませんが、朝地町は竹田市を一番身近に感じております。あとの野津、清川、緒方、大野、千歳、犬飼は、好意を持ってる町村の第1位で三重町が挙がっております。ところが三重町はどうかと言いますと、三重町の町民で一番好意を持ってる身近に感じてる市町村は大分市であります。断トツに大分市、三重町町民のなんと60%が大分市が一番好きですよというふうに答えています。第2位は清川村の23%まで下がります。以上の結果からは、朝地以外の町村はすべて三重町に好意を感じているわけで、三重町が大野郡全体の中での中心都市としての役割は十分果たしているということが分かりますけども、肝心の三重町がその郡内に目が向いてない。三重町の町民が大分市の方に目を向けている。これはどう解釈していいのか私はちょっと理解に苦しんでるとこで、これからちょっと詳細に分析をする必要があるかとは思っております。

もう1つ私の最大の興味は、将来計画を立てる場合には、おそらく多くの町村民が最大公約数的に、こういうふうな構想であったら、あるいはこういうふうなプランであったらなんとかついていけるなというのを見出したいという気持ちを持っております。そこの場合、大野郡としての良さとか愛着度みたいなのがどの程度あるのであろうかというのが非常に興味の関心でありました。大野郡としての全体的な一体感ですが、これは64%の人が大野郡としての一体感を感じるというふうに答えております。この数字は、後から述べます愛着度の高さと並びまして、おそらくもしもほかの圏域で同じような調査がありましたら、私は大野郡が断トツのトップになるのではなかろうかというふうな気がしております。そこで大野郡への愛着度ですけども、この大野郡に住んでおられる方のなんと82%が大野郡に愛着を持ってますというふうに自信を持って答えています。その愛着度のトップは清川村です。清川村の人は何と91%が大野郡に、好きです、愛着を持ってますと。

計画を立てる場合に、大野郡の人がどんな点で自慢できるんだろうかということで調べましたら、もうナンバーワンはなんといっても、大野郡には自然が豊かで誇れるようなその景観がありますというのがもう85%で、断然トップでした。私はその大野郡の中で、いろんなイベントとか施設とかいうのを提示いたしまして、この中から大野郡全体として自慢できるそういう施設とかを選んでくださいという設問を設けたわけですけども、この中のトップはさあ皆さん方どこだと思いますか。大野郡全体の中で一番大野郡の人が自慢できる施設と思ってるのは、緒方町の原尻の滝であります。これは49%の人が第1位に原尻の滝をあげております。第2位も実は緒方町のチューリップフェスタであります。1、2位を緒方町が占めております。第3位に清川村の御嶽神楽が上がっておりまして、ここご当地の三重町は稲積鍾乳洞が4位、それからいま皆様方おられるこのエイトピアおおの、これが第5位に上がっております。

実は、これは大野郡全体の中で上げてもらったんですけども、肝心なこの郡都となる三重町の町民の方は、自分の町には自慢できるものがありませんというふうに答えてるんですね。三重町の方は、他に誇れるようなものは三重町民はありませんというのが非常に私自身気になりました。

今後、大野郡は将来的にどんな将来像を描けばいいのでしょうかという質問に対しては、これは皆様方が実感として感じておられますように、少子・高齢化を反映いたしまして、この大野郡の将来は、お年寄りとか体の不自由な人が安心して暮らせる福祉の充実した地域にしてほしいというのが61%で、これは断トツの数字であります。で大野郡に住む町村民の方は、この地域をとにかく福祉を充実させたところにしてほしいというふうな思いであることが分かりました。

最後に広域行政についての考え方です。合併云々という是非はともかくといたしまして、町村民はどのようにいま現時点で考えているのかという質問ですけども、まずこの広域連合の機能を充実させるなどして、各町村が協力して地域づくりを進めた方がよいという、いわば連合支持派が37%です。それから、いややっぱりこういう時代だから市町村合併の方がいいとよというふうに答えたのは34%で、ほとんど二分されております。若干連合派が多いかなという感じでした。これはもう統計学的には誤差の範囲内に含まれるとは思っております。

一方、私の気になるのは町村別でどうだろうかという点で申し上げますと、いわゆる広域連合を充実させてほしいというのと、連合支持派が、野津町、緒方町、大野町、そして犬飼町です。合併した方がいいというのが残りの、ここの三重町と、清川村と、朝地町と千歳村です。これを皆さん方はどのように解釈されるか。おそらく住んでおられる皆さん方が「うんうん、そうかな」と思われたかもしれませんし、あるいは「自分たちと考えが違う方が結構おるな」というふうに感じた方もいらっしゃると思いますけども、おそらく将来計画を立てる場合は、私自身は地域づくりに非常に興味もありますし、実践もしておりますけども、やはり地域に住んでる人がどういうふうに感じてるのかを最優先したいとは思っております。ですから、この結果は相当程度尊重しなければいけないとは思っておりますけども、総じて言えることは、非常に二分されているというところが結構あるんですね。ここらへんをどのように調和させていくか。あるいは広域的な連携といっても、どうしてもこのよう8か町村に分かれてる場合は、エゴが出てくるんですね。各町村のエゴ。その各町村の持っているエゴと大野郡全体がよくするためにはどうしたらいいかというふうな調和をどのように図っていけばいいのであろうかというのを、またこの後のまた述べさせていただければと思ってます。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。ここで渡辺先生の方に少しコメントをいただきたいんですけども、先程の渡辺先生のご講演の中に、広域であるいは合併をやったときに、問題がいろいろ起こると。4つ程上げられたんですけれども、そのうちの2つでちょっとコメントいただきたいなと思うんですけれども、地方自治あるいは広域連合というのはどうあらねばならないのかということ。いま議論をして発表をしていただきました中で、この2つのポイントで何かコメントがおありでしたらお願いしたいんですが。

(アドバイザー:渡辺千賀恵)貴重なご発言、それから資料を拝聴させていただきまして大変勉強になりました。ありがとうございました。大野広域連合が既に4年目になっていて、これまで経験を摘んできておられるということに、私は感動的な思いをいたしております。おそらくこの連合が立ち上がる時には、表現は悪いんですけど犠牲者が出てると思うんですよ。一所懸命やったのに報われなかった人がいると思います。その人の水面下のご努力の上に実った成果を引き継いだお方もおられるはずですよね。立ち上げ期には、縁の下の力持ち、それをうまく実らせた人、それを継承して事務的に体系づけた人と役割がうまくバトンタッチされてきてるからこそ、いまのこの連合があるんじゃないかなと思っております。ただ、その間のご努力が水面下に伏せられたまま知られていないと、これは皆のものにならない。ですから、できれば、水面下で頑張られた人からこういう場でお話を聞くとか、「実はこういう問題があるんやわ」という赤裸々のところをご紹介いただけると、次のステップに大きくつながるという気がいたしております。外から見てうまくいってるかに見える大野広域連合と、実は蓋を開けてみたらどろどろとした辛い面があるんやわという部分と、両方を皆が見えるようにすると次のステップに移れるんではないかなと思います。ただ、これは勇気のいることだと思います。

それからもう1つ。今お話をお聞きしてて感じたのは、大野は1つという一体感があるとのお話の反面、大野は2つに分かれてるというお話が同時に出ておりました。数値からいうと大野の「一体感」が60数パーセントですから、6:4の割合で「2つ」という言い方も。このへんもできれば、テーマとして継続的にご研究いただけるとうれしいなと思います。また近々、亀野先生から結果をお聞きしたいなと思っております。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。それでは第2回目の発言をしていただきたいんですが、亀野先生の方から、先程地域が連合する場合はエゴが出てくるけども、調和を図っていかなきゃいけないよということ、それから先程渡辺先生の方から64%は一体感があるんだけれども、あとの36%はないということならば、どうも1つじゃなくて2つじゃないかとかそういう話もございました。

やはり、一体感を得るためにそのどういうふうなことを、今から更に一体感を実現するためにはどういうことをやっていかなきゃいけないのかを考えなければなりません。エイトピアというこの施設は、8つの町村が連合して、ユートピア、理想郷を作るという願いが込められているわけですけれども、そういう意味合いから、亀野先生が今計画を作る立場であられるわけですけれども、最終的にはある種の提案があるんじゃないかと思うんですけれども、その辺も含めて、それでは、亀野先生よろしくお願いします。

(パネリスト:亀野辰三)実は、これは会場にいまおられる皆さん方もちょっと胸に手を当てて考えていただきたいんですけども、まず1つは、私の問題意識は本当に大野は1つだろうかというのと、それに付随いたしまして、いわゆる大野郡にはまだコミュニティは残っているんだろうか。という問い掛けなんですね。コミュニティという言葉がちょっと横文字で難しいと考えておられるんでしたら、世間という言葉でも結構です。世間体の世間ですね。要するに良き隣人関係を結べるようなまだ共同体が大野郡には残っているんだろうか。いやもうそんなのは幻想で、残ってないんだろうか。そこはちよっとアンケートからではちょっと見えないとこなんですね

これは実は将来計画立てる場合、おそらくどの地域も同じような問題を抱えてると思うんですね。要するに、コミュニティというのがまだ残っていれば、それなりの計画もできるんですね。要するに今後の地域づくりの私はもっとも大きな柱は、また横文字で申しわけないんですけれども、ホスピタリティだと思うんですね。ホスピタリティ、もてなしの心をたくさん持ってるところはおそらく今後の地域間競争で生き残っていくだろうという認識をしております。要するにこれは、もう定住人口というのはなかなか増やすのは難しい。これは皆さん方既にもう十分わかってると思うんですね。人口は恐らくどんどん減るばっかりですが、県でもこれに対応いたしまして、交流人口を増大させましょうと言ってるわけですね。交流人口増大させるには一体じゃどうしたらいいんでしょうかということですね。

そうすると、いろんな施策を打ちまして、外からのお客さんがまず大野郡のいろんな施設等見にきます。1回見ただけで終わらせると私は大野の将来はあまりないというふうに思っております。東京ディズニーランドの例を皆さん方よくご存じだと思うんですね。年間1,700万人来ます。日本中はおろか海外からも来ますね。その1,700万人のうちの560万人ぐらいは10回以上来たリピーター客と言われてます。この人達は言ってみれば、マーケティングの分野でちょっと申しわけないんですけども、上得意のお客さんなんですね。東京ディズニーランドのいいところをどんどんどんどん周りの人に伝えてきます。「あんた、行きましょうへ、あっこいい、よかったで」という形でですね。こういうふうな上得意のお客さんを大野郡がつかまえることができるのであろうか。要するに大野郡の良さを自分の住んでるところに帰って「あそこよかったよ、あんたも行って、あそこ絶対いいよ」というふうに言うためには、行ってもらうためには、やはりホスピタリティというのでしょうか。もてなしの心、あそこの人情とか、非常に親切にしてもらったとか、これは日本人にかかわらずこれから国際化していく中で、外国人も10年以内にたくさんくると思うのですが。外国人が話し掛けてもすぐに逃げるのではなく、つたない語学力だけれども逃げずにきちんと外国人に対応できた。そういう風なもてなしの心が本当にこれからの大野郡に肝要されるのでしょうか。そういった点を私はアンケートの結果だけからは判断できないと感じました。もう一度、言いますとコミュニティというのはこの大野郡に残っているのでしょうか。残っているとすれば、最後に述べますエコミュージアム構想を実現する上で、大きな資源となります。大野郡にはお年寄りを含めて若い方が、大野郡が一つになってよき隣人関係を築けるのかということです。現時点では問題提起にとどめさせていただきます。

(コーディネーター:佐藤誠治)それでは、次に佐藤さんなんですが、私、一体感というか、そういうところにちょっとこだわってしまうわけですけれども、交流をやる、域内で交流やる場合は、やっぱり人と人とがどうやってネットワークを作っていくか。その時に、一体感がやっぱりある方がもちろんない方よりもいいわけですけれども、そういう中で、先程佐藤さんの方から、大野地域のイメージづくり、シンボル的な何かということでいくつか挙げられておりますけれども、なかなか決定打がないというふうな話もあったように思います。この大野地域が一体的な地域として実現していくために何をやらなきゃいけないのか、あるいは何がいま問題であって、それをブレイクスルーしなきゃいけないのか。そのへんで何かご提言と言いますか、提案がございましたらお願いしたいんですが、いかがでしょうか。

(パネリスト:佐藤雅秀)さっき亀野先生から各町村のその意識の調査が出て私の印象ではわりとバラバラかなというイメージも持ってます。農業面から見ますと、広域農協ぶんご大野農協がいち早く成立したという点では、ここは農業関係者なり行政関係者のところは、意識的にそれこそコミュニティ、「おい、三重町の何々課長さんよ」「犬飼町の何々議員さんよ」という感じの一体感は十分にあると思います。

外の大分市民だとか県外も含めてのイメージ、シンボルとすれば、もうここは断トツ的に大野川というその川を何らかの形で大切にし、シンボルにしていくことがいろんな人も、立場の違う人、職業の違う人も、私らは結局大野川の水で産湯を使い、大野川の水で生活してるという形で、何か共通意識が生まれるんじゃないかなと思います。

もう1つ、もう一歩踏み込めば、いまさっきからちょっと市町村合併の話も出てますけども、私が無責任な考え方、大野に住んでるわけじゃないですけども、ちょっと無責任になるかもしれませんけども、そういう大野川という大きな背骨を中心としたシンボルで地域をまとめていくという感じになれば、当然の如く、竹田、直入と大野とが一緒でいいのじゃないかなと。合併した時の人口見てみますと、もう大野郡8か町村でもうおおかた5万5,000ぐらい。竹田直入地域でちょうど3万と。これからの人口減少考えますと、例えば大野市になった場合は5万を下ってくる。竹田直入の場合はもっと早く3万を下ってくるという形になってきます。今の5万5,000と3万という形で8万5,000でもう大野川という背骨のところがまとまとるということが一番シンボル的にも、住民意識の面からも、産物的にも。

それから特に、今からは、なかなかいまの米も野菜も苦境にありますし、シイタケももうひとつ伸びがありません。その中で、結構金離れがいいというのは観光流入者ということになります。そうすれば、熊本県側、福岡県側の窓口、入口を引き込むと。早く言えば荻、竹田、熊本県側に開いた入口、久住、直入と。久住という温泉もあり、高原もありという、岡城もありというところの資質も取り込むこともできますけども、とにかく入口を確保すると。かつての戦国大名の戦略にしても、防衛にも攻撃するにも入口、出入口が確保できなければどうにもなりません、袋小路になってしまう。そういう意味で竹田、直入を含んで久住高原まで来る客をいかに緒方まで、三重まで引っ張り込むかというようなことを考えますと、それから人口規模も含めて考えますと、当然大野川流域が一体感を持つということを考えてもいいことじゃないかなと思ってます。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。大野川を一つの媒介として、大野郡全体のイメージづくりをする、あるいは一体感を醸成していくということか大事じゃなかろうかという御発言でございます。それからもう1つ加えまして、観光流入をする、観光の流入というのを期待するときに、やっぱり入口をきちっと確保するということがございました。

冒頭部分で私、定住と交流というふうに言いましたけども、観光流入もこれ交流なわけでございます。その流入をどうやって増していくのか。これは地域のそういう観光の場面を作るということと同時に、やはり交流するための基本的な条件である道路だとか、あるいは最近はIT通信ネットワークというふうな言葉が、通信技術というふうなことも言われておりますけれども、先程、高山さんのお話の中に若干そういう道路の問題がございました。それから商店街の問題あるいは地域のコミュニティにおける、空き家が増えてるよという若干ハードに関係した部分がございました。いまの佐藤さんのご意見を踏まえまして、高山さんが問題意識として持っておられるハードの問題、これにつきましてご意見を承りたいと思いますが。

(パネリスト:高山豊吉)ハード面の意見の前に、先ほどの2つの議論に私なりの考えを述べさせていただきたいのですが。はじめに大野郡は全体的には、81%の人が愛着度を持ってるわけですから、私自身は同じ大野郡民として、まだコミュニティ意識も残っておりますし、大分県の中では、方言の宝庫大野郡だというようなことで、これまでもいろんなことを竹田、直入もしくは大野郡でやろうとしたときには結構まとります。そういう意味で、先程分かれていたのは、ただ広域連合にいくのと広域合併にいくのがたまたま数字が拮抗していただけということで、一体感は非常にあろうかと思います。

それからもう1つ、大野川のことですけれども、大野川流域ネットワーキングというグループが、先般犬飼町にも河童小屋を作りまして情報発信基地としてこれから動こうとしております。NPOの申請もすると新聞に書いておりました。これに私は歴史の観点から取り組めば、大野郡のイメージを表わす非常にいい動きになるんじゃなかろうかと思っております。

それからハード面ですが、冒頭申し上げましたように、私どもにとって、社会生活、観光面などいろんなことを考えるときに、当然ハード面の道路の問題等は、河川の問題もそうなんですけれど、大きなウェイトを占めております。そういう意味では、地域高規格道路、九州横断自動車道が早期に用地買収が終わり、供用開始がなされることを願っておるということは事実でございます。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。ただ、道路もかなり時間がかかりそうですよね。私もいま中九州高規格の大野から竹田までの路線の中のいわゆる環境影響評価、アセスメントの委員会のメンバーとして働いてるんですけれども、アセスメントするのに約4年ぐらいかかって、着工してできるまでおそらくまあ10年ぐらいかかるんじゃないかと。ちょっと今日関係の方がおられるとあれなんですけど、それくらいかかるというんじゃないかなとか、それが熊本まで全部抜けて、渡辺先生とこの日常的にこの高規格道路を使って会いに行くというのがなかなかこれ、もう私は退官して何年か経ってからじゃないかなとかそんな危惧も持ってるんですけども、そういった時には道路は道路で確かに造らなければいけないんです。だけども時間がかかってしょうがない。そうしたときに、我々は情報通信を使いながらそれを補完していくということも必要になってくるんじゃないかなと思うんですよね。そういうことで、そのへんをどういうふうにお考えなのか、高山さんも電子メールのアドレスも持っておられますけれども、ちょっとそのへんを何かありましたらお伺いしたいんですが。

(パネリスト:高山豊吉)人差し指で打つつたないEメールで遅くなっていつも悪いんですけれども。インターネットをやっておりますが、この高規格道路もなかなか用地買収が難しいし、また犬飼から大野間はもうすぐ着手するんじゃないかと思いますが、大野から先の方はいまからというような状況にあります。

そういうことで、それを補完する意味で、ITの予算も国の方から付いたいう話を聞いております。そういう意味ではそれは本当に必要だと思います。文化面だけじゃなくて、農業面とかいろんな面に効果を発揮すると思いますから。そういうIT関係、情報通信技術がそれぞれの市町村に提示されたときには、行政の方も食わず嫌いじゃなくて、一生懸命取り組んでいただくし、そのような姿勢は私どもにとっても必要じゃないかなというような気がしております。

それとやはりもてなしの心で十分対応する。そういう心もこちらの地域にはまだまだ残っております。ほかに述べたい韓国との交流のこととか、香港中文大学の学生ホームステイを毎年受け入れており、上海水産大学からも、犬飼方式でやってくれる地域を他にも探してほしいとの申し入れも来てるというふうなことも報告したいんですけれども、時間がありませんからこの辺で。

(コーディネーター:佐藤誠治)河室さん、先程のお話の中に、図書館のボランティアの活動あるいは育児サークルということで地域に非常に根ざした形でのアソシエーション活動というようなことでやっておられるわけですけれども、その中で、次の時代に何を残せるかとかいうふうなキーワードがありました。あるいは中山間の核家族の問題、これは核家族というのは都市的な地域の社会問題として大きいんじゃないかなというふうに私受け取ってるんですけれども、実は中山間地域に取り残された形での核家族というのが非常に大きな問題であると。これは地域に定住することを危うくする可能性もあるわけですよね。その点で展望と言いますか、大野広域ということを考えながら将来展望みたいなところで何かご発言いただきたいんですけれども。

(パネリスト:河室順子)私が考えてますのは、ちょっとまだ大野広域的に考える段階はまだちょっと自分の中にはなくて、これは世代の違いもあると思います。先程コミュニティの問題が出ましたけれども、私たちの父や母の世代は、はっきり言ってしっかりあると思います。ところが私たちの世代は、横のつながりも職場のつながりとか本当に限られたつながりしかないのではないかな。昔からの例えば、草切りをするとか井路掃除をするとかそういうことはやっぱりまだ年代的に自分の親が出ていたりして、そこの地域のいろんな作業に対しても消極的であるというのが私たち世代だと思います。果たしてその世代の人間がじゃあ次の世代を育てながら、この地域に対しての愛着をどう伝えていくのだろう、そういうコミュニティをどう守っていくのだろうということは、本当に場所が広くなればなるほど難しいんじゃないかなと思ってます。

広域連合とか広域合併の話が先程からたくさん出てくるんですけれども、私たち一住民としては、急に近隣町村と仲良くなるという感覚をぽんと投げ掛けられて果たしてできるものだろうかというような気がします。やはりそれには日頃からの交流の度合いですよね、行き来してるかどうか、そこの町村を知ってるかどうか、そういうことにやっぱりかかってくると思いました。ですから、じゃあ私たちがこれを広域になっていく、行く行くはなっていくとは思いますが、そうなったときに、自分の子どもたちに隣の町と仲良くしなさいとかいうことではなくて、自然に今から交流を持っていく。いろんな意味で話し合いの場所とかそういったところを、例えば町村越えてやっていく。その中で子どもたちはそこでまた友達ができていくから、自然にその壁が薄くなっていくのではないかなと思います。だから私の考えていることは本当に10年20年先じゃないと全然答えの出ないことですから、なんとも今こんなことを申し上げるのは失礼なかとは思うんですけれども、合併したからすぐ変わるということではないような気がします。

それと、核家族化の問題なんですけれども、私自身そうなんですが、実家がちゃんとありながら別のところで暮らしています。それはやっぱり家庭内の事情とかいうのもありますけれども、便利さなども求めてつい別居しています。そうなると、昔だったら、以前だったら母やおばあちゃんたちがいろいろと子どもの育児について話してくれてたものが、他人や書物に頼らなければならなくなったような気がします。そうなったときに、やっぱりいま緒方町ですごくいいのは、まだ近所付き合いというのがあるからなんですね。で、私たちの世代でもそれを復活させようという動きで、いま何人かお母さんたちで集まって、地域ぐるみの子育てをしようよという動きが出ていますが、古き良き時代の私の母やその上、祖父母たちの時代の、隣のことに首を突っ込むというような感覚がまた求められているような気がしてたまりません。ですから、そういうことをやはり今私たちがやっていけば、次の世代には広域ということをいちいち意識しなくても、大野郡ということを意識できる子どもたちが育っていくのではないかなと思ってるんですけれど。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。広域の範囲でいきなりコミュニティを求めていくというのは難しい、コミュニティと広域というのは、そういう意味合いから言いますと、逆の概念なんですよね。だからまずはこのアソシエーション型のネットワークを作りながら、広域でのコミュニティを醸成していくというこういうお話で非常に分かり易かったというふうに思います。

先程、これ渡辺先生にもう一度ご発言いただきたいんですけれども、これからどうするかといったときに、河室さんの子どもをどうやって広域の中で育てていくのか、そういう意識を持った子どもたちを育てていくのかというふうな話がございましたけれども、渡辺先生は、次世代の育成ということで、これがこの3つのポイントの一番最後でお話されまして、非常に強調されたわけですね。実はパネリストのみなさん方、河室さんは64年生まれですが、我々5人は同じような年代なんですね。今日会場にお見えになってる方々も、どちらかというと若い世代の方っていうのはそんなにたくさんいらっしゃらないというふうに思うんですけれども、ここで例えばこの議論をしておる、あるいは問題意識持っておるということを若い人たちにどうやって伝えていったらいいのかということですよね。そのへんがやはり、私もいろんなところでこの手の議論やるんですけれども、若い人たちはほとんど出てこないし、本当に我々が持ってる意識を継承していけるのかどうかということで非常に疑念を持ってるんですけれども、先生何かそのへんでご発言ございましたらお願いしたいんですが。

(アドバイザー:渡辺千賀恵日々、大学で学生諸君と接しておりまして、10回のうち7回ぐらいは、がくっと裏切られるわけですね。ところが3回ぐらいは、「おお、なかなか青年いいじゃないの」というか、うれしくなる場面があるんです。結構彼等は優しいし、条件が揃えば自発的にやるし、助け合いもするんです。その条件を考えますに、やらされてる時はやらないですね。多分、河室さんも誰かに「やれっ」て言われるとやらなくて、親から離れて、自分が結局親と同じことをいまやってるかもしれないですね。なんというかな、社会的な義務とか義理があるからやれということは、今の若い人たちは受け付けないと思います。自分たちが楽しいからやる。もう1つは自分たちにとって必要なことがはっきり分かったからやる。多分この2つのパターンだろうなと思います。

その点で言うと、今日みたいなテーマに対して若い世代が入場料無料だからといって来るかといったら来ないでしょうね。こういうテーマを若い人たちに引き継ごうと思ったら、若い人たちにお祭りのような楽しい気分で何かやってもらうようにしたらいいと思うんです。

例えば、これはあくまで例えばなんですけど、大野連合でホームページを作ろうとしたとします。このホームページ作成を町長さんが課長に命令するんじゃなくて、高校の先生が社会科グループの中でパソコンオタクの皆さん10人ぐらい集まって、わいわいと作ってもらうというふうな楽しいこととしてやっていただく。しかもそれが大野連合に役立ったという社会的な意義を体験すれば。言葉でどんなに言うよりも伝わっていくことになろうかなという気がします。

先程から青年諸君が頑張っておられるという話出てますので、その点ではあまり心配はしてないんですけど、リーダーを意識的に育てないといけないかなと思います。おそらく若い世代はリーダーが自然発生的には育ちにくいと思うんです。もし時間があれば河室様に少し触れていただきたいんですけど。

(コーディネーター:佐藤誠治)そうですね。河室さんいま触れられたんですけれども、河室さんも地域づくりのリーダーというふうに自分からはなかなか言いにくいんじゃないかと思いますけれども、端から見てたらやっぱりリーダーであると。そういうリーダーが育っていく環境が実は一番大事だと私も思います。ということで、そのへんで、河室さんが何を、要するにご自分で活動されるときにどういう条件があるとリーダーとして非常に活動しやすいのか、あるいはリーダーが育つのだろうかといったところですね。提言という形でご発言いただければと思いますが。

(パネリスト:河室順子)私は自分がやっている活動を特別なこととはあまり捉えてません。ただ自分が必要だと思って、じゃあやらないんだったら自分がやろうといって動いただけの結果で、まだまだ途中です。その時に、やろうと思ったときに、やはり気の合う近所のお母さんたちが応援してくれたり、行政の方が、役場の方たちがやはり陰ながらサポートしてくれました。そういった意味では、本当にこれは住民と行政が連携することの大切さというのをひしひしと感じています。

やはり今まで、先程渡辺先生の講演の中にもありましたが、今までが陳情型の住民だったのが、これからはやっぱり手を取り合って住民ができることは住民でやっていくというその姿勢が、やはりこれから私たちよりも若い世代のリーダーが出てくるキーポイントじゃないかなと私は感じています。一人で頑張るということは絶対できないし、一人じゃ絶対あり得ないんですね。必ずそれをサポートしてくれる年長者がいたり、すごい学識者がいたり、そういった中で私は動かさせていただいてるということを本当に実感してますので。それともう1つ私思うのが、これは中山間地域に対して感じてることなんですけれども、お母さん、まあ女性ですね、お母さんがこの土地を好きかどうかで、子どもの地域に対する気持ちが変わるんじゃないかというのが私の持論なんです。例えばよそから結婚でこちらの土地に来られた方が、「ああ、本当にここに来てよかったわ」と思ったときに、きっと育てる中で、やっぱり子どもたちに地域の良さを伝えていくと思うんです。肌でこうなんというんですかね、言葉じゃなくても、伝えていくと思いますが、これが逆にすごく地域が嫌で、本当に「こんなとこ来なければよかったわ」と思うような地域だったら、きっといいイメージで子どもたちに伝わっていかないのではないかと思うんですね。

だからちょっとこれは私自身のまとめみたいな形になるんですけれども、どうしても自分の周囲しか見てないと、そこの価値が分からないんですね。例えば私緒方町なんですけども、ちょっと大分市で生活した経験がありますので客観的に緒方町を見ることができました。するとすごく緒方町は、本当は大野全体で言わないと悪いんですけど、緒方町はすごく私は魅力的な町だと思ってます。でも私たちは若い世代はともすると便利さばかりを追求してしまって都市に憧れてしまうんですね。都市の方がいい、便利がいいからということになるんですけれども、そういうことだけだったら絶対勝てっこないんですね。そっちの方が大阪よりも東京がよかったり、それよりも更にニューヨークがよかったりと、段々人間の欲は飛躍すると思うんですが、でも緒方でなくてはならないことというのは本当に価値が大きいような気がします。だからそういったことをもう一回女性の立場で見直していったらたくさんあると思うから、それを子どもたちに伝えていけるといいなと思ってます。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。子どもたちに伝えていけることをやっぱり発見するという作業をやっぱりやっていかなきゃいけないということだと思います。ありがとうございました。

それで、いま河室さんの方からのお話で、地域、子どもたちに伝えていけるものを発見していかなきゃいけないという、私なりに解釈しますとそういうことが非常に重要であり、それのキーパーソンになるのがどうも母親たちでないかとか、そういうご意見だったと思うんですが、そういう地域にあるもの、あるいは地域の資源というふうに言ってしまうとちょっと難しい言い方ですけれども、そういうものを生かしながら地域づくりを進めていくということで、先程亀野先生の方から、エコミュージアムという話がございました。このへんを少し具体的にお話していただきたいと思います。亀野先生いかがでしょうか。

(パネリスト:亀野辰三)いまの河室さんのご意見というのは非常に的を得てるような気がいたします。私たちが地域づくりと言葉で言うのは非常に簡単なんですけども、これ実践非常に難しいんです。ですから、まずできるところからやりましょうというのがスタートだと思いますね。その場合に、例えば私のちょっともう20年ぐらい前の経験ですけども、私の住む毛井というところで青年部を立ち上げたときにやったことは、身体障害者の福祉施設に餅つきに行ったんですね。お餅つきに。それは私ども若い世代と、当時私結婚して小さな子どもがおりましたので、お父さんたちはみんな子どもを連れて行こうとしたんです。子どもを連れて行きましょうと。施設の餅つきにですね。大分市内のあけぼの学園というとこですけども、それが十数年ずっと続きました。子どもたちは当初、満足に話ができないそういう人たちが自分の周囲にいるんだなということにまず驚いたと思うんですね。でも卓球をしたり一緒にお餅をついたり、いろいろ遊びをしていく中で、なんとなく思いやりの心が育っていったような気がします。それが幼稚園、小学生、中学3年生までずっと続きました。それは私の子どもだけではなくて、一緒に行った十数名はほとんと夫婦で行くか、子どもたちを連れて行くことを原則にしてたんですね。こういうふうに何気ない活動の中からやっぱり思いやりの心というのは育っていく。要するに今はやりの体験学習ですね、それを学校がメニューを作ってやらせるのももちろん一つの方法ですけども、できればこういうふうな地域にある組織、ボランティアグループが率先してそういうふうな活動をしていくのがもっとも手っ取り早いのではないかなというふうに思います。

もう1つは、まず広域というのをいきなり考えるのはちょっと範囲が広すぎますので、じゃあどうするか。私が先程言いましたように、やはり向こう三軒両隣の精神、まず近所から仲良くしましょうというのが一番早いと思いますね。よく、我々が広域計画を作る場合「広域の罠」という言葉を使うんですけども、「広域の罠」というのは2つありまして、1つは公平性の罠と言いまして、8か町村この場合でいきますと、構成町村みんな公平に見ないといけないという罠ですね。落とし穴です。で、そうするとやっぱり対象がぼけたりしてなかなかうまくいかない。アクセントを付けてやれるところからやっていく。最終的に公平に扱えばいいんじゃなかろうか。最初から全部を公平に扱うのはやっぱり無理がある。

もう1つの罠というのは、先程言いましたように、全域を考える罠ですね。全部を一挙にやらない。向こう三軒両隣の精神からでもいいんじゃないかというふうなことが大事だと思います。

先程言いましたように、高山さんの発言でもありましたけども、大野郡はやっぱり愛着度があるんだというのが分かりまして非常にうれしく思いました。83%ぐらいの人が大野郡に愛着持ってる。これは非常に大きな財産だと思います。私はいま考えましたのは、コミュニティも残ってる。ただ、若い世代がこれからコミュニティというのを作っていくのに、やっぱり先程言いましたように、少しずつ近所からできるとこから始めていくというのでもよろしいかと思いますけども、最終的にそのようなグループなりいろいろな地域に眠る資源がやっぱり大野郡にはたくさんあります。それは1つは自然資源でありますし、もう1つは歴史資源ですね。それからいろんな産業資産、遺産ですね。誇れるのが実はたくさんあると思うんです。実際に今それが活動してるのもあります。

エコミュージアム構想というのはちょっと言葉が難しいんですが、ちょっと皆さん今日を機会に覚えて帰っていただければありがたいんですね。エコ、生態学のエコです。ミュージアムというは博物館ということですが、日本語では生活環境博物館と呼んでいますけども、これは決してミュージアムという博物館をまた造ろうというそういうふうな構想では全然ありません。その全く逆の発想なんですね。渡辺先生の講演でも皆様方既にもうお気付きのように、もうこれから箱物を造って地域を豊かにする時代というのは既に終わっている、あるいは終わろうとしております。今後10年間ますますその傾向は強くなる一方だと思います。第一、国の地方交付税の80%補填というのも、いつそういう約束が守れるかどうかという保証はないわけですね。とすると、あと地域が自立する方策を考えないといけない。そういうとき、箱物に頼らずに、心の豊かさを追う、私は心のインフラづくりと呼んでるんですけども、何かないだろうか。というのは、いまあるこの大野郡が持っているいろんな遺産なり資源なりをもう一度見直して、そのいろんな資源なり遺産を一つの大切な資源としてミュージアム、どこかに博物館を造るんではなくて、それが一つの博物館、地域で保存をして再生をして人々、大人から子どもに伝え、あるいはこの地域を訪れる訪問者の方に伝えていくという、そういうふうな精神的な運動をエコミュージアムと一般的に呼んでおります。

これは、要するに地域再発見、もう一度今あるのを大事にしようというふうな運動なんですね。自分の町あるいは自分の村にはたくさん埋もれたいいものがたくさんあります。それは形として残ってるもの以外にも、おじいちゃんおばあちゃんの心の記憶の中に残ってるようなのもたくさんあるわけですね。それをその場で保存し、再生をし、後世に伝えていこう、若い世代に伝えていこう。あるいは来訪者に伝えていこうという運動です。

この運動のもっとも優れている点は、これは生涯学習、学習する運動だということですね。地域の自立にとって何が一番大事かと私が考えますのに、やはり人が自立すること。人が自立するためにはやっぱり常に学習をする必要があると私は思っております。ずっと学習を続けていくうちに自分の地域の良さを改めて発見する喜び、その喜びは外から来た人たちにも自と伝わっていくと思うんですね。これを考え出したフランスでは、「好意の眼差し」というふうな言葉で呼んでるようですけども、地域に住んでる人たちが、その好意の眼差しを外から来た人たちに振り向けることができるようになれば、外から来た人たちはリピーター客になるであろう。もう一度来るであろう。リピーター客もう一度来た人は、更に上の段階ですね、サポーターになるであろう。サッカーで皆さんご存じですね。サポーター、支援者です。要するに応援団をこの地域で最終的に作るのが私の最終的ないまのところ考えてる目標なんです。この地域だけで皆さんが自分の住んでるところの良い点、素晴らしい点をもう一度学習を通して再発見する運動を通して、それが最終的に外から来た人たちにもう一度大野を訪れてみようというそのような気持ちを起こさせるように、外の外でまた応援団を作る。中と内から、内と外から両方から大野地域をつくっていこうというふうな「エコミュージアム構想」というのをいま考えております。

まだまだ私自身の中で完全にそれが具体化してるわけではありませんけども、それを生かす町づくり地域づくりをしたいと今私は考えております。ご協力をいただければありがたいと思っております。

(コーディネーター:佐藤誠治)どうもありがとうございました。そろそろ予定時間が来たようでございます。それでは私の方から簡単にまとめをさせていただきたいと思います。エイトピアというのは、この会場は8つの町村が一つになって、そして理想郷を作り上げていくというそういう願いが込められているというのは、先程私の方から申し上げたとおりでございます。おそらくそれは当たっているんじゃないかなと思うんですけれども。この大野広域の地域が将来どういうふうな方向で動いていったらいいのかといったときに、私冒頭部分で、地域に定住する人と、それからそういう人たちが広域に交流することによって、いい町があるいはいい地域が、あるいはそこに住んでいる人たちが住んでいてよかったということが実現するんじゃないかなと申し上げましたけれども、そうした場合に、やはり一つそのキーワードとして、これは私なんかがそうなんですけれども、私は国東生まれなんですけれども、その地域を出て、そして根無し草的にといったらちょっと言いすぎかもしれないんですけれども、そういう形で生活しているんですね。ところが求められるのはそういうことではなくて、地域に定住することによって実現できる生活の質、これを求めていけるようなそういう人たちが実はいま求められてるんじゃないか。

これは先程打ち合わせの時に高橋頭取が、ジェネラリストよりもスペシャリストが求められてるというふうなことをご示唆いただきました。やはり地域定住をするスペシャリスト、地域を住みこなす達人がいま求められているんじゃないか、というふうに思っているわけです。そしてその地域はどういう空間であらねばならないかと言いますと、これは先程亀野先生からご指摘いただいた『エコミュージアム』というか、地域が持ってる資源を最大限生かしながら、あるいは地域の資源を認識しながら町を磨いていくという、そしてそれが必ずしもハードばっかりじゃなくって、地域の人たちが持っておる文化だとか、あるいは歴史だとかそういうものを次の時代に継承していくということが求められてるということであります。それを実現するための人材の話もいろいろございました。

そういうことが総合的なまとめになるのではないかなというふうに思います。

大野郡のイメージをどうやって作っていったらいいのだろうか。あるいは一体感を醸成するためにこのイメージがどういうふうに活用できるのかということで、大野川を媒介としたとかいうふうなご提言もございました。あるいは、定住を実現するためには、これは議論の潮流にはなりませんでしたけども、農村集落の整備の問題、それから商店街の再活性化というのも実は強くに求められてる部分でございます。あるいは交流をするためのネットワークの整備、道路は若干やっぱり時間はかかるだろう。だけども情報ネットワークをきちっと張り巡らすことによって実現できる人と人との交流もあるだろうというふうなことが提言の中でございました。

それから、エコミュージアムの目的は必ずしも観光ということではないわけですけれども、やはり観光のことも、この流入人口を増やすため、あるいは交流人口を増やすためには、これはやはりクールに考えておかなきゃいけないということで、ネットワークを整備する中で、エコミュージアムを活力ある運動として盛り上げていくことによって、観光流入を今から目指していく必要があるのではないかと思います。

それから、コミュニティは残っておるというふうなご指摘がございました。やはり歴史的にずっと継承してきたコミュニティ、これをやはり我々は大事にしていかなきゃいけない。今残っているけど、下手すると、このままいきますとコミュニティは壊れていくかもしれないというふうなその分かれ目にいまあるのではないかなというご指摘がございました。

コミュニティの問題とそれから広域というのは、実は対立概念的に捉える部分もあると思うんですね。コミュニティというのは、やはりわりと狭い範囲の話で、広域と言いますと複数の町村にまたがる話でございます。ただ、しかしながら21世紀のコミュニティの意識と言いますか、コミュニティの考え方というのはやはり広域にならざるを得ない。そうしたときに、これは河室さんのご指摘でございましたけれども、いわゆるアソシエーション型のネットワークを作りながら、今度はそれが広域のコミュニティを醸成する非常に大きな武器になってくるだろうという話もございました。

そして、我々がここで議論してることを若い人たちに継承していく、若い人たちに伝えていくということも、これも非常に重要な問題でございます。

最後に、再びエコミュージアムについてふれさせていただきます。

エコミュージアムは単なる空間整備手法ではなく、地域再発見の運動としてとらえ、生涯学習など、現代的な課題とリンクさせる必要があるし、あるいは大野郡の景観のすばらしさをうったえることも大事です。要は大野郡の人々がここに生まれてよかった、生きてきてよかったと言うことができるような、いわば心のインフラを構築することが大事ではないか。そして、他の地域の人々から「大野はいいねえ。」と言われる、あるいは大野の応援団、サポーターになっていただけるような大野でありたいと思うわけであります。

このシンポジウムに先だって、大野広域のロゴマークとキャッチフレーズの表彰式がございました。

高橋さんのロゴマークは太陽をモチーフにして8つの町村が光り輝く姿を表現しております。また、谷川さんのキャッチフレーズは「さんさん、きらきら、ゆうゆう、おおの」で、これも大野を構成する8つの町村がそれぞれ独自性をもって光り輝きながら全体としてまとまっている。そういう状態を表現している。いわば、エコミュージアムの完成した姿を表しているのではないかと考えられるわけであります。

大野地域の21世紀がひかり輝くことを期待いたしまして本日のシンポジウムを閉じさせていただきます。会場のみなさん長時間ご静聴いただきまして有り難うございました。またパネラーのみなさんご協力有り難うございました。