この記事は、財団法人北九州都市協会が主催した国際研究交流セミナー(アジアの学術研究都市について)で発表した内容です。
 
新大学の設置と地域の活性化
アジア太平洋大学の事例を通して
(C)Seiji SATO

1.はじめに
 1995年9月26日、衝撃的なニュースが大分県内を駆け抜けた。立命館大学などを経営する学校法人立命館(京都市北区)が1999年春に別府市十文字原に地区に学生の半数を留学生とする立命館アジア太平洋大学を開学すると発表したのである。この大学は「アジア太平洋学部」と「国際マネージメント学部」の2学部で構成され、学生の入学定員は各学部400人、学生の総数は3,200人、学生の50%が外国人留学生、教員の30〜40%も外国人とする新しい構想の大学である。
 この大学は内外の著名人をアドバイザーとして迎え広範な支援、協力を要請するなど大学の機能、構成にとどまらず運営や地域との関係などの中で「新構想大学」の最右翼に位置するのではないかと注目を浴びている。
 この大学の構想の背景には、大分県が進めてきたインターローカルの外交、特にアジアとの交流があり、さらにはひろく社会の国際化の流れの中で日本が果たすべき役割を大きくとらえた時に、必然的に出てくる回答のようにも受け取られるであろう。
 また、大学がもつ若者の定着に果たす機能、経済的機能、そしてそれらを総合しての地域活性化に対する期待が大きく、自治体は大きな期待をもって誘致あるいは主体的に設立する動きを見せてきた。その中で見るならばこの大学の構想もそういった動きの一環として見ることもできる。
 本報告では近年の大学新設の動向とその問題点を概観しながら「アジア太平洋大学」構想についてその意義と役割、問題点について報告するものである。
 なお、本報告で使用した資料は国土庁が実施した「大学等の立地と地域における期待・効果等に関する調査」(平成5年10月実施した昭和55年〜平成5年度までに立地した大学短大調査、以下[調査A]とする)、本報告に際して筆者が実施した「新構想大学に関する調査」(平成8年8月実施、全国の4年制大学で昭和60年以降に新設された63大学を対象としたアンケート調査、回収は37大学、以下[調査B]とする)及び大分県の提供による資料を主体に著者の責任でストーリーを組み直したものである。

2.大学設置の状況
 近年の大学設置状況を昭和55年から平成5年までの14年間でみると、新設・移転・ 増設をおこなった大学・短大は全国で260校を数える。そのうち73%の190校が新設である。また設置主体別でみると私立が211校で全体の81%となっている。以下公立30校(11.5%)、国立19校(7.3%)である。全国の4年制大学の平成5年現在の国・公・私の校数と比率がそれぞれ98校(18.4%)、46校(8.6%)、390校(73.0%)であり、近年の大学設置が私立、公立を主体として設置されていることがうかがえる。
 また設置を4年制大学と短期大学別にみるとほぼ半々となっており短期大学離れが指摘される中で根強い支持があるものとみられる。
 つぎに大学立地と市町村規模の関連でみると、人口5万人未満の市町村が最も多く、公立においては30パーセントにも達している。また私立においても約20%であり、人口規模の小さい自治体において大学設置の強い要請によって大学立地が進行したことがうかがえる。
 また、地域別にみると、全体の31.5%の82校が南関東、17.3%の45校が近畿、11.9%の31校が東海と続いており、上記と合わせれば大都市圏の近郊の中小都市を主体として立地していることがうかがえる。年次でみると、昭和63年の32校をピークとして、平成元年、昭和61年に次のピークがみられ、平成4年の18才人口の第2次ベビーブームによる18才人口のピークをターゲットにした大学の立地が進行していることがわかる。

3.設置大学の概要
3−1.設置大学の特徴と規模
 [調査B]によると大学設置において、自大学の特徴について国際化や大学の施設設備についてあげているものが多く、つぎに情報化、教育システムである。
 近年の大学設置が国際化と施設設備のユニークさを競って、地域や入学希望者に強くアピールしていることがわかる。学部や学科の設置状況を見るとこの傾向を反映して、国際化や情報をキーワードにして既成の学部や学科の名称を改変しながら時代のトレンドに適合した教育研究分野の設定を計画していることがうかがえる。

3−2.新大学の設置と立地の概要
 それでは、これらの大学立地がどのような場所に立地しているのかをみてみよう。[調査A]では、まず、従前の都市計画としては、227校中103校が市街化調整区域に立地し、未線引き都市計画区域、非都市計画区域と合わせると127校(55.9%)がいわゆる郊外地域であることを示しており、近年この傾向は増加してきており、大学の立地の郊外化をうかがわせる。これを裏付けるように立地地域の性格としては郊外が多く、既存市街地から離れた田園地帯における立地も多い。したがって、利便性についても、交通アクセスが不便であるとするものがもっとも多く、また学生のアパートの確保などにおいても問題を抱えていることがうかがえる。
 [調査B]によると市街化調整区域や都市計画区域外に大規模な面積を求めて、敷地も新たに造成しながら立地していることがわかる。

4.地方自治体による大学設置の支援
 大学の設置による地域活性化を期待する自治体は、いかなる支援措置を講じているのであろうか。一般に考えられる措置としては、立地に際して必要とされる用地の確保であろう。[調査A]では用地の確保が最も多く以下建設費、経常経費となっている。その他の支援も多く、これは学生の確保などであろう。これらの支援を圏域別にみてみると、いずれも地方圏の方が大都市圏を上回っている。特に用地確保については地方圏では50%を上回る大学が、また建設費についても50%に近い大学が支援を受けている。用地を確保し、建設費の負担をしながら学生の確保についても協力をするという、いわば丸抱えの状態で大学の立地を要請しなければならない、地域の苦渋をうかがわせるに十分である。
 さらに別な資料によれば、一般的な傾向として、設置等に関わる助成額は首都圏やその他の大都市圏の場合よりも地方圏の方が圧倒的に大きく、また都道府県よりも市町村の額が大きい。
  [調査B]では1大学に援助する自治体と援助形態を調査しているが、多いものでは10自治体からの援助を受けているものが見られ、複数の自治体から多様な援助形態を得ながら大学立地がなされていることがうかがえる。これは大学、自治体の双方がリスクの分散を施行しているとも見ることができる。
 一方、大学側としてはどのような支援を期待するのであろうか。[調査B]では財政的援助を最も重要としており以下土地の取得、学生の確保の順である。大学立地に際して、大学側としてはリスクを極力外部化し、地域はこれの要請にこたえる中で大学の立地による地域の活性化を期待しているのである。

5.大学立地への地域の期待と効果
5−1.大学立地の要因
 大学立地は具体的にどのような要因に基づいておこなわれているのであろうか。まず立地のきっかけとしては大学等のからの立地要請、すなわち自らの大学の経営からの要請によるものが多い。またこれとほとんど同程度の地方自治体からの要請がみられる。国立大学と公私立大学では当然ではあるが立地のきっかけの違いがあり、前者は大学の立地要請後者は自治体の立地要請に特化している。
 また圏域別の立地要因をみると自治体の援助、熱意において大都市圏と地方圏の違いが大きく、地方の自治体の立地要請が大きく効いていることがうかがえる。

5−2.設置の期待と効果
 大学の設置にたいする市町村の期待と効果はどのようであろうか。[調査A]によると「地域文化の向上」、「生涯学習体制の整備」、「若者定着による地域の活性化」、「進学機会の増大」と続いている。同じ項目で昭和63年度に調査しているが、それとの比較によると、「進学機会の増大」への期待は減少しているが「生涯学習体制の整備」への期待が大きな伸びを示しており、この間の社会環境の変動を示している。すなわち、大学の設置が地域の進学機会を増大させるという側面よりも、地域の広範な文化環境の整備に果たす効果を期待しているといえるであろう。すなわち、大学の量的側面から質的側面を期待する方向に転換しつつあることがうかがえる。
 期待と効果の関連についていえば、ほぼ期待と効果は同程度であることがわかるが、一部では「都市景観の向上」、「業務機能の向上」、「商業の振興」など、大学の直接的な機能でない、いわゆる波及効果の部分では期待よりも効果において高い評価が得られている。

6.大分県における大学の概要
 大分県に設置されている4年制大学は国立2校、私立2校であり入学定員(1学年定員)は、合計2,175人である。国立2校、私立2校となっており学部と定員の構成は表の通りであり、県内大学の学部構成には規模の問題から偏りがみられる。
 また、他の地域と比較する意味で、九州内の大学設置状況をみると、福岡県に集中していることがわかる。入学定員と県人口との比率をみると、人口千人当たりでは福岡が4.56、熊本3.44が突出しているほかはあまり大きな差はみられないが、大分県はその中でも最小値を示している。別な資料によれば大分県の進学者の県内大学の入学率はかなり低い数値を示しており、入学者のニーズにこたえられるバリエーションと規模を必要としているといえよう。また大学卒業者の地域への定着率も九州内では福岡に次いで低く、大学と地域活性化に大きな問題として残されている。

7.別杵(別府市・杵築市・日出町)地域の開発構想
 アジア大平洋大学が立地する別府市をはじめとした3市町は別杵地域としての広域行政圏を形成している。豊かな温泉資源と美しい自然環境、豊富な観光資源に恵まれたこの地域は大分空港に近接し、九州横断自動車道と東九州自動車道の結節点であるとともに重要港湾別府港を抱え、空・陸・海の交通の要衝になっている。
 これらの条件の下で、県北国東テクノポリス計画や頭脳立地構想により先端技術産業の立地が進みさらに別府市には大型コンベンション施設・B−conプラザが建設された。
 このような条件を活かしてこの地域は「人間らしく働き、人間らしく生きるハイテク・ヒューマン・コミュニティ」の形成をめざすとしている。
 別府北部地区は「国際的な人材育成・ビジネス交流拠点の整備と人に優しいまちづくり」をコンセプトにしており、別府リサーチヒル(頭脳団地)、福祉工場「太陽の家」などすでに計画中、実施済みのプロジェクトに加えてアジア大平洋大学の設置が大きなウエイトを占めている。

8.アジア太平洋大学の設置計画の概要
 こういう状況の中で、1995年発表されたアジア太平洋大学の設置は各方面から大きな関心を集めるに至った。ここではその概要をみることにする。
 ○名称  :アジア太平洋大学
 ○設置主体:学校法人 立命館
 ○設置場所:大分県別府市十文字原地区
 ○開学年度:平成11年度(1999年度)
 ○特色  :急速な経済発展をとげるアジア経済文化圏は、「21世紀の成長センター」として世界的に注目されているが、さらに日本、北米、オセアニアを加えたアジア太平洋地域は新たな学術文化を創造する拠点となることが期待されている。本大学はアジア太平洋地域の近未来の21世紀の世界を見通し、学術文化や人類社会の発展に向けた日本の国際的な役割に積極的に貢献する国際化された高等教育機関として、学校法人立命館と大分県、別府市が連携してアジア太平洋地域における人材育成の拠点づくりをめざすものである。
 ○学部・学科構成: @アジア太平洋学部
            (アジア太平洋学系、日本学系)
           A国際マネージメント学部
            (ビジネス・マネージメント学系、パブリック・マネージメント学系)
 ○定員  : 学部   400名×2学部×4年=3,200名
        大学院  100名×2年=200名(修士課程)
 ○留学生・教員等  @留学生  全学生の50%目標
           A教員   外国人教員30〜40%目標

 また、アドバイザリーコミッティや立命館アジア太平洋大学後援会などの大学運営の支援組織や、アジア太平洋地域各国との協力、提携システムの構築など、国際化新構想大学に相応しい大学のシステムを取り入れている。
 ○アドバイザリーコミッティ
   アジアの経済文化圏に深いパイプを有する財界・官界・学会・文化人等を中心に構成し、新大学設置についての助言と協力を得る。コミッティは大学設立後もアドバイザーとして機能する。
 ○立命館アジア太平洋大学後援会
   アジア進出企業等のトップにより構成し、「アドバイザリーコミッティ」の斡旋、要請のも   とに、具体的に基金出捐、就職受入れ、社員の編入学等の協力を得る。
 ○アジア太平洋各国の範囲
   オーストラリア、カナダ、中国、インド、インドネシア、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、台湾、米国、ベトナム

9.アジア太平洋大学の立地の期待と問題点
 アジア太平洋大学の立地が地域の活性化への期待にどの様に応えてくれるのか、また立地における問題点はなにかについて考察してみよう。
 前述のように大分県における大学の設置数は対人口規模においては九州で最下位であり、地域における大学設置の基本的問題点を克服することができる。しかも、現在、別府市において取り組んできた学園都市構想、さらには大分県が進めてきたアジアとの交流の、言わば総仕上げ的な性格を持つものと期待される。
 別府市は都市計画においても国際温泉観光都市としてその性格付けをおこなっており、別府市の都市づくりに大きな弾みをつけるものと期待される。また別府市は大分県の市町村のなかでも現状では人口現象に悩み、中心商店街の低迷が大きな問題点として顕在化している。今回の新大学の設置がこのような都市の低迷に活力を与え、国際観光都市別府に新しいファクターを組み込み、都市としての多様な機能を持つことが期待される。
 このように、大分県や立地都市である別府市における期待は大きなものがあるが、国全体としても、留学生10万人構想を進めるためにも国際化のシステムを組み込んだ大学の設置が望まれているところであろう。
 国際化については、福島県立会津大学、新潟県の国際大学、宮崎国際大学など新設大学においても特色を持った大学の設置がみられるが、アジア太平洋大学のように大量の留学生を受け入れる事例は現在のところ見られないといってよいであろう。
 新大学の設置を都市の活性化に結びつけるためには既存の都市としての別府市のまちづくりとして、どのような課題があるのであろうか。幾つかの視点から、述べてみよう。
 アジア太平洋大学が立地を計画しているのは別府市十文字原地区であり、現地は九州横断自動車道の別府湾サービスエリアに隣接しているものの、市内からのアクセス条件は悪く、計画上は市内亀川地区から新規にアクセス道路を建設する予定になっている。しかし広域からのアクセス条件を向上させるためにはいわゆる開発インターを設置するか、既存のサービスエリアのインター的な利用方法の検討が課題になるであろう。
 また、上記の亀川地区は旧温泉街として発展してきた地区である。こういう性格に加えて、今後は新大学のゲートとしての性格が求められることなどから、現在進められている亀川地区の再開発構想を積極的に推進する必要がある。
 つぎに、景観の問題である。別府市は鶴見岳山系から東に広がる扇状地の緩傾斜面に市街地が展開している。東に別府湾を望み、かつては東洋のナポリと呼ばれ、優れた景観を誇っている。特に、市街地の背後に鶴見山系の山岳傾斜草地が展開し、海岸部からの景観は湯煙が点在的に分布し別府の景観のアイデンティティを形成している。先年実施された都市景観形成調査においてもこの点が大きく評価されている。アジア太平洋大学が立地する十文字原地区はこの山岳傾斜草地から連なる高原地区であり、大学立地と景観は良好な景観形成への期待と景観破壊の両面から大きな課題として残されている。
 また、留学生を受け入れる社会・文化環境としての都市の問題も大きい。人口13万人の都市に1600人以上の留学生を受け入れることは、別の視点からは国際化を進める別府市にとって、望ましいことでもある。しかし、多様な課題が含まれることは否めない事実であり、今後の研究・検討事項であろう。

10.終わりに
 大学の立地に対する地方自治体の要請は、一頃の熱狂的なブームは去ったといえる。これは大学立地が大学経営の問題と絡めると必ずしも地域活性化にダイレクトに結びつかないこと、大学立地に際して要請される協力の大きさが財政的に負担感が大きいこと、さらには18才人口の急激な減少により、大学の立地が困難になってきていることがあげられよう。しかし、立地条件の良好な地域では今後も大学の新設が進むものと考えられる。したがって、既存大学と立地条件の良好な新設大学間における「大学サバイバル」とも受け取られるような厳しい環境がさらに顕在化する。大学立地と地域活性化は今後はこのような環境の中で、よりシビアな評価が下されるようになるであろう。残された課題としては、より厳密な、自治体としての大学立地に対する投資の費用便益分析である。
 なお、本レポートを作成するにあたり、大分県文化振興課から資料の提供をうけた。記して感謝するとともにアジア太平洋大学が大分県の活性化とアジア太平洋地域の一層の発展に寄与することを期待したい。

参考資料
1.国土庁大都市圏整備局編,「大学立地と地域づくりを考える」,大蔵省印刷局,1195年
2.文部省編,「全国大学一覧」,1996年
3.文部省編,「我が国の文教施策」,平成6,7年度版
4.学校法人立命館,「アジア太平洋大学基本構想」,1996年
5.大津悦郎,「大学がどんどん潰れる」,エール出版,1993年
6.大分県,「21世紀活力県創造基本計画(別杵地域)」,1996年