この記事は「地方都市の中心商業地の現状と展望」と題して、日本建築学会大会(1998年9月、福岡)の都市計画研究協議会資料に搭載されたものです。
 
地方都市の中心商業地の現状と展望
−商業機能の離脱と再生の可能性−
(C) Seiji SATO
1.はじめに
 大規模小売店舗法の改正による規制緩和により小売店舗の立地展開が大きな変化を見せて数年が過ぎた。この間、各地で店舗展開が都市郊外から、周辺町村にシフトしたことで相対的に中心商業地や既存商店街のシェアが低下した。地価の高騰や土地利用転換の硬直化によって柔軟性を失った地方都市の中心市街地の、とりわけ中心商業地においてはその傾向を強めている。
 一方、地方都市の中心商業地は、近代までの都市活動の受け皿として当該都市において公共・民間を問わず基盤投資の対象であり続けた。したがって歴史遺産や公共施設、商業施設など多様なストックを形成し居住者の生活中心としての機能を果たしてきたのである。
 このような中心商業地が、経済メカニズムとりわけ流通メカニズムの変化によって大きな構造変革をせまられて、それに対応しきれず、変革を果たし得ない地方都市では、中心商業地の範囲にとどまらず中心市街地にまでその衰退の範囲を広げている。さらに人口の減少傾向を示す地方小都市では過疎傾向がこの現象をさらにアクセレートしている。くわえて、都市政策の的確な対応を欠き、地方都市の中心商業地は衰退の一途をたどっている。
 この傾向をいかにくい止め誘導するかが都市政策の重要課題として認識されている。

2.地方都市と中心商業地
2.1 なぜ中心商業地なのか
 以上述べたように、中心商業地の衰退は加速の一途をたどっている。では、なぜ中心商業地を問題にするのか。それは、都市において中心商業地が極めて重要な位置を占めていると考えているからである。とりわけ小規模の都市では、基本的な構成要素として重要である。中心商業地にはあらゆる施設の集積があり、市民の生活を満たす機能が備わっているのである。
 そこでは、人々の集中が情報の集中をもたらし、さらに新しい情報が生まれる。その情報が発信されることによって都市の情報再生産の場としての中心商業地の機能が確認されるのである。中心商業地は買い物の場所というだけではない。日常生活に必要な様々な手続きや、知人との語らいや、交流の場としての中心商業地の多様な機能がもたらす情報集積と発信の機能が重要であると考える。
 中心商業地が衰退した都市では市民は孤立し、不特定多数が集中する場は無くなる。目的的集中は意外性のある情報を生み出さず、都市としての多様性が減少し、深みがなくなるのである。中心商業地が衰退し、火の消えたような静かな商業地は情報の集積や、発信は期待できない。
 中心商業地はまた、当該都市の歴史的蓄積が厚い地域である。都市の発生から現在まで連綿と続いてきた居住地である。したがって当該都市において、もっとも長期にわたって人間の営為の対象になってきたわけであり、投資のストックも大きく、都市の顔としての役割も果たしてきた。
 以上のように、中心商業地は、他の地域には求めることの出来ない機能と役割を持った地域である。商業機能が離脱するという現象によって衰退の一途をたどってきた中心商業地をこのままの状態においていいはずはない。再生の方策を探るべきであると考える。

2.2 地方都市の中心商業地はなぜ衰退しているのか 
  以上述べたように、中心商業地の重要性の認識がある一方で、衰退の流れをくい止められない原因はなにか。
 地方都市のスケールによってその原因はいくつかの類型に分けることが出来よう。ここで地方都市というのは、県庁所在地以下の規模の都市である。とくに人口規模が10万人以下で、人口増加は停滞または減少傾向を示している都市である。いわゆる札仙広福は地方都市には当たらないし、それ以下の県庁所在都市においても以下の記述には適合しないところもあるかもしれない。
@都市人口の減少・土地利用更新と商店街
 まず、人口の減少である。都市の全体人口が減少するのと同時に中心商業地の人口が減少している。地価の高騰は中心商業地から戸建住宅の成立を不可能にした。また、商業地特有の住商混在の居住形態をも困難にしている。中心商業地から居住機能が離脱したなかで、代替の土地利用が展開出来るところは救われるのだが、その多くは駐車場として一時転用されて、寝かされている場合が多い。
A郊外居住の進行
 「庭付き一戸建て」に代表されるように、都心居住者の多くが、居住スタイルを戸建住宅に求めて移動していった。商業者も居住地を郊外に求め、中心商業地は商業者の住宅地としての機能も失った。住商混合地としての性格を持っていた中心商業地は商業機能に特化した地域となっている。
 商業機能に特化した中心商業地は、常住者が主役であった「祭り」をはじめとする地域文化の維持継承を困難にした、福岡市の祭り「山傘」がそのような困難な状況の中で継続していること我々は知っている。中山間の過疎地域の「祭り」の困難さに似た状況を呈しているのである。
B公共施設の移転
Cモータリゼーション対応の遅れ
D商業機能の離脱
 このように、商業機能に特化して、中心地の魅力を失った中心商業地は、大規模商業資本にとって相手ではなくなった。商業機能だけで勝負するとなると商業資本のスケールメリットには勝てない。魅力を失った中心商業地は大規模店舗にとっても共同の相手ではなくなったのである。商店街の衰退はなにも大規模店の攻勢にあったからではない。商店街としての成立条件を見失ってしまったからである。
 単なる商業機能の集積した市街地ならばはたして当該地域にとって必要な存在といえるのであろうか。
 郊外に出店した大規模店舗は一定のアミューズメント機能を持ってはいるが、その大きな魅力は駐車場とアクセスの良さである。消費者は商業機能としての郊外大規模店を選択し、さらに文化や交流やアミューズメントを郊外店舗には求めて、郊外大規模店は一定の対応をしているのが現状である。したがって、都市居住者は中心商店街を見捨てて、中心商業地でしか得られない、豊かな都市生活の彩りの場を失ったのである。
Eインフラ整備とその対応の失敗
 次に、インフラ整備との関連である。道路整備との関連で中心商業地が相対的に地位を下げている。とくにバイパス道路の整備によって郊外に商業集積がつくられ、中心商業地の商業機能のシェアが低下している事例は多い。
 また、高速道路体系の整備によって、商業の広域的な競争が激化している。消費者の消費行動が広域的な展開を見せることによって、地方都市の中心商店街は地方中核都市や地方中枢都市の商業機能との競争を余儀なくされている。
 いま、地方都市では、スケールメリットをもつ流通資本が小さくなった地域の購買力であるパイをすくい取るような行動にでている。その行動が熾烈な競争の場となっている。
 中心商店街がかつてのにぎわいを取り戻すことがあるならば、そのときに都市の居住者は再び都市文化を取り戻すことになるであろう。
 地方都市の中心商業地のなかで、その魅力を維持してきたものは以上のような中心市街地の性格を保ち続けたか、あるいは回復した地域である。
 
3.商業立地の現状と中心商店街のシェアの低下
3−1 商業立地の広域展開
 大店法の改正以後、商業立地がどのような展開を示しているのであろうか。ここでは、大店法において届け出が義務づけられている、いわゆる第一種大規模小売店舗(3,000u以上)の立地展開を見ながら、中心商業地のおかれている現状考察する。資料は九州通産局に対して3条申請の届け出があった第一種の平成4年以後の277店舗である。西九州、とりわけ福岡市を中心として北九州市から鳥栖、久留米、熊本の都市連坦地域に大規模な集積がみられる。県庁所在地への立地がみられるものの、むしろ近年の特徴は周辺市町村に大規模店舗な集積が立地しているのが特徴である。
3−2 中心大型店と郊外大型店との競争の<はざま>におかれる中心商店街
 都市内の立地をみると、たとえば福岡では都心部に立地した大規模店と郊外型大型店の競争の狭間の中で、中心商店街はいわば「蚊帳の外」におかれた格好を示している。このような状況は福岡市が典型であるといえるが、九州の県庁所在地では共通の傾向であるといえよう。中心商店街への立地によって、既存商店の集積との共存関係をねらったものはほとんどみられない。したがって、郊外立地ではないものの、商店街による集客をねらわずに、独自の吸引力を形成している事例が多いといえよう。
3−3 消費者行動の広域化
 そのような中で、消費者行動も高速交通網を介して広域な展開をみせている。たとえば大分県が実施した平成9年度の「大分県消費者買物動向調査」によれば中津市や日田市など県庁所在地から1ランク下のいわゆる地方拠点都市のブロックでは高速道路を利用する消費者行動が顕著に現れてきている。消費者行動は都市の範域を越えて広域に展開し、中心商業地の商業施設もまた広域の競争を強いられているのである。
3−4 中心商店街のシェアの低下
 商業施設の立地が中心商店街から、市街地内の大規模用地や郊外に展開する中で、都市の商業機能に占める中心商店街のシェアは低下を続けている。
 大分県内の中心商店街の小売り販売額の推移を見てみよう。これによると中心商店街の小売り販売額は当該市町村の伸びと比較して低い水準で推移している。したがってシェアも低下傾向を示しているのである。それらの中で額を増加させながらシェアを下げている商店街、横這いでシェアを下げている商店街がある中で、もっとも深刻なのは額を下げながらシェアを下げている商店街である。
 
4.中心商業地は再活性化できるか
  −中心市街地活性化法と商業機能−
 中心商業地は、果たして再活性化できるのであろうか。ここで、いわゆる商店街と商業地、中心市街地はその広がりと機能において異なった捉え方が必要であろうが、ここでは再活性化の方向性は基本的には同じであると考えている。
 前述のように、中心市街地の衰退のプロセスのシナリオを仮説的に提示しているわけであり、そのプロセスをたどらないように、フローを遮断するための方策を講じれば少なくとも衰退の道は免れるかもしれない。しかし、一定の段階に達した後では、いわば不可逆反応に近く、もとの姿に戻ることは難しいのではないだろうか。したがって、ここでは再
活性化とは、中心商業地の新しい姿を求めながら、当該都市の構成要素としての中心商業地を再構築していくということに他ならないと考える。
  地価の抑制と居住機能の回復、モータリゼーション対応(駐車場整備)、未利用地対策、新業態の導入による商業機能の回復など前述のフローを遮断する方策は多々考えられるが、ここでは、最も効果的と考えられる方向性について考えてみよう。
4.1 職住融合型中心商業地の再生
 地方都市の中心商業地は、商業と居住機能が混合した市街地である。この場合の居住機能は商業従業者の居住機能としてだけではない。また、中心商業地には、商業以外の都市型工業や、業務機能が混合して、いわば職住融合型の市街地、を形成している。このような性格を再構築するような施策を必要としていると考える。
 ダウンゾーニングによる地価の抑制と居住機能の積極的導入が必要となるであろう。
4.2 新業態による商業機能の再生と都市型産業の立地誘導
 そもそも、商店街の商業機能の特徴は消費者との密接なつながりや情報交流機能である。郊立地大型商業施設には求められない機能である。このような機能をいわゆる新業態としての商業機能に持たせることである。
 また、商業機能だけでなく、都市型産業の再生立地によって中心商業地がさらに複合機能を実現できる。
4.3 公共施設整備による市民交流の場の再構築(福祉施設を含めて)
 中心市街地から離脱した公共施設は商店街衰退の要因となった。地方都市の中心商業地においては、市町村役場をはじめとした中核的な行政施設が中心市街地から移転したことによって商業地の衰退を招いた事例は多い。これらの施設を再移転することは困難であれば、高齢化時代に向けて多様な施設展開が予想され、しかも地域との融合や、交流が求められる福祉施設を中心商業地に立地させることは現実的な政策であろうと考えられる。高齢者と商店街の結びつきは、今話題の東京谷中の“とげ抜き地蔵”の事例を見れば理解できる。
4.4 アミューズメント・文化情報発信機能の整備と商店街のMXD
 中心商業地が、当該都市や周辺地域に対して発信する情報は都市居住者にとって常に関心の対象である。生活情報や文化情報、娯楽など多様な情報を発信する中心商業地は都市の情報機能の重要な一翼を担っている。この情報発信機能を回復するためには、都市再開発の手法である複合用途開発=MXDの概念を商業地開発にアプライする事がもっとも効果的であると考える。すなわち、商業機能に特化して従来の複合的な市街地である中心商業地に文化や娯楽、サービス業など多様な業種を再移入する事によって情報発信機能を再構築することが可能となるのではないだろうか。たとえば、金沢市竪町では吉本新喜劇の小劇場を誘致して、極めてユニークな情報発信に成功している。MXDは建築形式ではなく、複合機能としての概念は商業地開発に示唆をもたらすものである。
4.5 中心市街地活性化法と商業地の活性化
 本年3月に成立した中心市街地活性化法は各省庁が所管している事業を中心市街地に集中的に組み合わせながら市街地の活性化を実現することを目的とした法律である。この法律に基づく事業の全体像をみると、市街地の活性化に関するあらゆる事業が網羅されている。基本的な考えかたは、@市町村の自主的基本計画、A関係省庁の連携・協力、B点・線・面を意識した計画と実行機関としてのTMO(タウンマネージメント機関)である。そして平成10年度だけで総額2000億円の予算規模で、中心市街地活性化に対する並々ならぬ決意が感じられるのであるが、問題は計画主体としての市町村の計画立案能力とTMOを組織化出来るか否かにかかっている。従来の商店街活性化事業で常に言われてきたことであるが、事業の担い手がいるのか、あるいは事業を進める体力が残っていない商店街はどうするのかである。別な言い方をするならばTMOを組織出来るような中心商業地は何とか自立できるが、問題はその下を行く商店街である。したがって、そういうレベルの商店街はこの法律では救えない。自立できる商店街を支援するというスタンスがはっきりしているといえよう。
 しかし、中心商店街を活性化させるという姿勢は、大店法の改正と規制緩和から法の廃止を目前にした現在では有効に機能させることが重要である。この法に続く「大店立地法」の有効性にも大きな関心を持たざるを得ない。

5.まとめ
 以上、地方都市の中心商業地の現状と展望について述べてきた。地方都市の現状はその規模や周辺都市との関係で様々な条件の違いがある。しかし、その多くは中心商業地が危機的状況にあるということで一致している。再生の方策はしたがって多様であり可能性はあるが、決して楽観できる状況ではない。中心商業地が当該都市にとって重要な構成要素であり再生に値するならば、この数年が再生か衰退を決定的にするかの分岐点にあることを認識して早急に対策を講じるべきであると考える。

参考文献
 1.通産省環境立地局立地政策課, よみがえれ街の顔,通商産業調査会, 1998
 2.吉野国夫, タウンリゾートとしての商店街, 学芸出版社, 1994
 3.通商産業省, 中心市街地活性化のための総合的対策, 1998(パンフレット)
 4.大分県地域商業構造変化対策検討委員会, 構造変化時代の地域商業活性化指針,1995
 5.大分県, 大分県消費者買物動向調査報告書, 1998